"事業仕分け師"蓮舫の視線の先にあるもの
民主党は2009年6月、マニフェストの財源案として「税金の無駄遣いの根絶などで9.1兆円」を捻出すると掲げました。この無駄の削減で注目されるのが「事業仕分け」ですが、これは万能薬ではありません。その穴は例のスーパーコンピュータを巡る蓮舫大臣の「世界2位ではだめですか?」という発言に表れています。
蓮舫大臣の狙いは文科省から「1位を目指す理由」を引き出すことだったと言われていますが、だとしても今のやり方による「事業仕分け」の限界を露呈しています。企業経営者なら、「1位でなければいけない理由」はすぐに思い浮かぶでしょう。2位より1位の製品のほうが圧倒的に売りやすいのです。
しかし、これを「文部科学省」の役人に求めるのは酷な話です。彼らは企業経営者ではなく、ましてや「営利目的」からほど遠い「教育」のための役所の職員です。また第一、スパコンを1位にして儲けることは「政治」の役割であって、「儲け方」の絵図を示すことこそ「政治主導」なのです。
日本のスパコンが世界を制し、それに伴い世界中で買われて税収が増えれば、開発予算を増やすことはやぶさかでないでしょう。つまり「2位ではいけないのか?」という問いかけは「今」しか見ていない証左で、それが現在の事業仕分けの限界なのです。
仕分けブームに便乗して経費節減
衣料品小売店を数店経営するI社長は衣料品価格の下落に苦しんでいました。かつては「安いものには安いだけの理由がある」という消費者の共通理解があり、確かな商品が欲しいお客は「定価」で買ってくれました。ところが今は、安くなければ見向きもされません。また「ユニクロ」を代表とするSPA(生産から販売まで手がける手法)の席巻が、「仕入れて売る」というビジネスモデルの退場を迫ります。
I社長は「事業仕分け」を宣言し、無駄な経費を徹底的に見直すことにしました。出費を抑えることでこの難局を乗り切ろうという狙いです。店内照明の2つに1つは消すことにしました。入口の足ふきマットは業者と契約せず、早番のスタッフがデッキブラシで清掃します。店内改装も業者をいれず、インパクトドライバーを購入して自分たちで行います。社用車もやめ、店舗間の商品移動はスタッフの自家用車を使い、I社長のクルマもBMWから中古の国産コンパクトカーに買い換えました。
さらに通信費を削減するため、各店舗にIP電話を導入するとともに、FAXは撤去して書面はPCの電子メールでやり取りします。
仕分け後、目に見えて落ち込む売上
I社長の「仕分け」から3ヵ月。経費削減の効果が現れ、わずかながらも単月での経常黒字に転換します。これに気をよくしたI社長は全スタッフ向けに檄を飛ばします。
「今後も経費削減を続け、人員増加などで固定経費を増加することなく売上アップを実現する」
しかし、翌月から売上が目に見えて落ち始めます。照明を減らしたことで「薄暗く」なった店内を客が嫌ったことに加え、スタッフが清掃や店舗間の商品移動に時間を割くようになり「接客」が疎かになったのです。
IP電話も悲鳴を上げます。特定者間通話が無料になるなどのメリットがあるIP電話ですが、サーバのトラブルや宅内機器の故障などにより通話ができなくなることがあります。語弊を怖れずにいえば、IP電話はNTTなどの「銅線通話(いわゆる固定電話)」の単純な構造と違い、「音声をデジタルデータに変換してネット回線に流す」という手間の分だけトラブルが発生しやすいのです。トラブルが発生した間の店舗間の連絡はスタッフ個人の携帯電話で行われ、この時の「通話料」が支払われることはありませんでした。
I社長は2つの過ちを犯しています。経費削減は必要ですが、それで客足を遠ざけたのでは本末転倒です。そして、それ以上の失敗が今の日本と重なる「仕分け0.2」です。
未来のない「頑張り」は受け入れられない
スタッフに飛ばした檄をもう1度お読みください。
「今後も経費削減を続け、人員増加などで固定経費を増加することなく売上アップを実現する」
現在「社長」である私はI社長の気持ちが痛いほど理解できますが、「社員」だった自分に戻ればこう思うでしょう。
「頑張っても忙しくなるだけ」
経費削減でスタッフの労働量は増大しました。これがエンドレスで続き、さらに売上アップを実現して、今以上に多忙になってもスタッフが増員されないとしたら……。「接客」が疎かになった真相はスタッフのモチベーション低下です。頑張った先に待っているのは「忙しくなるだけの未来」しかないからです。それが仕事だというのは正論です。しかし、多くの人は自分の環境が悪化することを正しいと受容することはできないのです。おまけにIP電話のトラブルを自腹で補填させられてはたまりません。
ビジネスとは「稼ぐ」ために行うものです。稼いで儲けるためにビジネスモデルを転換し、スタッフを増員するという選択肢もあるはずなのですが、過剰な「仕分け」が成長を止めます。それは「今」に縛られてしまうからです。
I社長は「真」の業界展望とビジネスモデルをもとに固定経費を算出し、スタッフは「今」より忙しくならないように本能的に行動します。そこに「未来」はありません。予算の組み替えや無駄の撲滅で予算を確保することに腐心し、GDPを上げるための取り組みが語られない現代日本と同じです。
エンタープライズ1.0への箴言
「未来のない仕分けはモチベーションを下げる」
宮脇 睦 (みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは