友愛の海とブルーハーツ
普天間問題がこじれにこじれ時、鳩山前首相はこんなことを言い出しました。「学べば学ぶほど米海兵隊の抑止力がわかった」――ビジネスにおいて、無知は罪です。学校は学びの場ですが、ビジネスは学んだ者のみが参戦できる戦場です。そこは弱肉強食の世界であり、会社を興した時、ザ・ブルーハーツの名曲「TRAIN-TARAIN」の一節が身に染みたものです。
「弱い者達が夕暮れ、さらに弱い者をたたく」
下請けは孫請けをイジメ、中小企業は零細企業を粗雑に扱います。生き馬の目を抜くビジネスシーンでは、赤点に追試はなく無知への補習はありません。特に技術と情報が生命線となるIT業界で「無知」は命取りです。
ところで、前首相を筆頭に某著名柔道選手が出馬表明で述べていたように、無知でも給料がもらえるのですから、政治家は幸せな職業です。彼らが繰り返す「これから勉強します」に苛立ちを隠せません。
そして、前首相は「東シナ海を友好協力の"友愛の海"にしたい」とも述べています。はてさて、学んだ抑止力とは何に対するものなのでしょうか? こちらの無知は国民の死に直結するので、よくよく勉強してから発言してしいものです。
今回は、無知ゆえに、SEO業者に騙されそうになった社長の「0.2」についてお話します。
被リンクはミスコンと同レベル
ある日、不動産業を営むD社長の元にこんなメールが届きました。
「貴社のサイトに感銘を受けました。そこで、貴社サイトの"価値"をあげるために、弊社が管理する20サイトからのリンクを貼らせてください」
そのメールは業者からのリンクのオファーで、さらにこう続きます。
「20のサイトはSEO強化済みのオールドドメインで大きなSEO効果が期待できます」
SEOとは検索結果の上位に表示されやすくするための方法論で、20のサイトとは「被リンク」、オールドドメインとは「エイジングフィルタ」による効果をうたっているのでしょう。
また、被リンクとは「リンクを貼られている数」のことで、サイトの数を計る指標として「美人投票」と表現されることもあります。観客が美人と認めた投票数が優劣を表すのと同様に、投票をリンクに置き換えてサイトの価値を測るものです。IT業者のオファーにある20のサイトからのリンクは「20票」ということになります。
リンクの重みの違いで相互取引になっていない
間違いだらけの情報や不人気のサイトは淘汰されるため、続いていることに何らかの「価値」があるだろうと考えるのが「エイジングフィルタ」で、サイトが開設されてからの経過日数が指標となります。
業者からのオファーには続きがあります。20のサイトからリンクを貼る代わりに、5つのサイトにリンクを貼ってほしいというお願いです。「20票を得るのだから、5票を投じても15票は得する計算」とD社長は私に自慢します。
無知は罪です。いつもは放置するのですが、D社長は私の友人。そこで、チェックしてみたところ見事な「オファー0.2」でした。
サイトを運営していると、こうした「相互リンク」と呼ばれるオファーはよくあることで、ネット黎明期から行われている古典的なアクセス数アップの取り組みです。関係先やオススメサイトを紹介する「リンクページ」というコンテンツはこの名残です。互いのサイト訪問者の目に止まることでアクセス数を増やす狙いでしたが、SEOの台頭以降は「被リンク」が主目的となっています。そして、この被リンクが実は曲者で、「一票の重さ」がサイトによって異なるのです。
微笑ましいエピソードと笑えない無知
検索エンジンが価値を認めたサイトから貼られるリンクは重く、反対は軽いのです。美人投票を例にとれば、芸能関係者が努める特別審査員の一票は重く、一般観覧者の票が軽く扱われるようなものです。Googleが提供する「ページランク」はサイトを0~10までの11段階で評価しており、数字が高いほど「重い」と判断しています。業者がD社長に「貼ってあげる」といった20のサイトをチェックしてみると、すべてが「0」、つまり「無価値」に等しいサイトでした。これではどれだけ古い「オールドドメイン」であっても意味がありません。
一方、GoogleはD社長のサイトを「3」と判断しています。D社長には、このオファーが0.2である理由を以下のように説明しました。
「『100円玉を20枚あげるから500円玉を5枚ちょうだい』ということと同じ意味」
幼稚園児なら「枚数」に騙されるのも微笑ましいエピソードですが、ビジネスの現場では騙されるほうが悪いのです。彼がこの仕組みを「知らなかった」と憤るので、友人だからこそ冷たく言い放ちました。「無知は罪なのだ」と。
民主党の新人衆議院議員が週刊誌で女性スキャンダルを報じられました。彼は即日ツイッターのアカウントを削除してしまいました。ネット関係者の誰もが「最悪の対応」だと口を揃えます。疚しくなければ堂々としているべきですし、疚しさがあっても誠実に対応することで起死回生も可能なのがネットの妙味で、削除という対応はネットの住民に「ネタ」を与えるだけです。
しかも、この渦中の人物の経歴には「IT企業社長」「ネット系NPO法人理事長」「ネット系大学の客員教授」がゾロゾロと連なっていました。経歴から見れば、この無知は100%有罪かと思われるのですが……。それでも彼は政治家らしくこういうのでしょうか、「これから勉強します」と。
エンタープライズ1.0への箴言
「知らないと利用されるのもビジネスルール」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは