10月29日、Linuxディストリビューション「Ubuntu」の最新版が登場した。"Karmic Koala"こと「Ubuntu 9.10」である。翌日30日、ロンドン・テムズ川沿いの高層ビルMillbank Towerにある英Canonicalのオフィスを訪ねた。今回はCanonicalの本社の様子を紹介したい。
Ubuntuは南アフリカ出身のMark Shuttleworth氏が開始したLinuxディストリビューション。初のバージョンは2004年10月20日にリリースされている。Canonicalは、Shuttleworth氏がUbuntuの開発母体として設立した企業だ。
2004年といえば、欧州でデスクトップLinuxの機運が高まりはじめたころだ。見出しを飾ったのは、政府系でのLinux採用だ。中でも2005年、ドイツ・ミュンヘン市がデスクトップLinuxに移行すると発表したことは大きく報じられたので、ご記憶の方もいると思う。知らせを受けた米MicrosoftのCEO Steve Ballmer氏はスキー旅行を中止してミュンヘン市に出向いたといわれている。
政府系では、ドイツのほか、フランス、スペインと欧州各地でLinuxや「Open Office.org」などのオープンソースアプリケーションの採用がじわじわと進んでいる。だが、コンシューマを含むデスクトップLinux全体となると、当初の期待よりも増加のペースは遅いようだ。現在、デスクトップOS市場に占めるLinuxの割合は1 - 2%といわれている。
世界に約300人いるというCanonical社員のうち、本社には約40人が勤務しているという。だが、30日の昼に訪問したUbuntuのオフィスは、実にがらんとしていた。ランチに出かけたというのではないようだ。案内してくれたJerry Carr氏は、「昨夜のローンチパーティのせいだ」と笑う。
Ubuntuの心臓部となるこのオフィスはMillbank Towerの27階にある。総ガラス張りのオフィスに入ると、まず目に入ってくるのは、ロンドンの街の眺めだ。ビックベンこと国会議事堂は目の前。遠くには、ロンドンの新名物ロンドンアイも見える。ビックベンを時計代わりにしている社員もいるとのことだ。
29日のUbuntu 9.10のローンチは、英国にいるUbuntu社員だけではなく世界各地のUbuntuスタッフやファンが集まり、オンラインではTwitterなどで喜びと感動を共有した。この日、UbuntuはTwitterのトピック第2位にランクされたそうで、スタッフが「キッチン」と呼ぶ休憩室にはスクリーン代わりの壁に、Twitterに入ってくる書き込みがほぼリアルタイム投影されていた。反応は「ものすごくいい」とCarr氏は満足の様子だ。
社員の憩いの場、キッチン |
キッチンにある冷蔵庫。旅行や出張した社員がお土産にマグネットを買うという習慣があったそうだ。Magnetic Poetryもある。UbuntuのWebサイトでは、"The Fridge(冷蔵庫)"というコミュニティ情報コーナーもある |
Karmic Koalaのローンチ成功の理由として、「Desktop、Server、ネットブック用Remixなどに盛り込まれた新機能。中でもDesktopの「Ubuntu One」やServerの「Ubuntu Enterprise Cloud(UEC)」など仮想化機能の強化」とCarr氏はまとめる。もう1つ、Carr氏が挙げたのは「Windows 7」だ。「想定外の大きな追い風となった」とCarr氏。
1週間前に発売となったWindows 7で、OSへの関心が高まった。それは、「これだけの価格を払って新しいOSにアップグレードする必要があるのか」という関心であり、代替としてのUbuntuにスポットが当たっているという。実際、BBCの技術ジャーナリスト Rory Cellan-Jones氏が朝のニュース番組中、Windows 7をデモしつつ、他の選択肢として「Ubuntu」に言及したところ、大きな議論となった。Cellan-Jones氏はこのとき、「無償の代替OS」としてUbuntuを紹介、「熱狂的なファンが構成する小さなコミュニティで開発されている」と形容したためだ。その後、Cellan-Jones氏はBBCのWebサイトで展開する自身のブログで、番組中のコメントで表現に誤りがあったと認めている。
眺めのよいオフィスの隅で、真剣な顔で大きな画面に向かって仕事をしていた人が2人いた。Shuttleworth氏とCTOのMatt Zimmerman氏だ。2人の席はオフィスの島(ブロック)の1つにあり、低めのパーティションを挟んで社員と机を並べている。別室にいるわけでもなければ、独立したスペースを持っているわけでもない。他の社員とまったく変わりない環境だ。だが、静まり返ったオフィスの中でそこだけ空気が違った。
Shuttleworth氏は「慈悲深い独裁者」と自身を形容するが、開発をはじめCanonicalのすべてに関わっており、多くを決断している。あるスタッフによると、1日に1度は話しかけられ、作業中のことを詳しく聞かれることもあれば、意見を求められたり、鋭く批判されることもあるという。「複数のプロジェクトを見ていると、通常は進捗がわからなくなるが、Markはそんなことはない。とにかく頭がいい。あんな切れる人はみたことがない」とこの社員は語った。
実は、Shuttleworth氏のことを最後に書いたのには理由がある。「Ubuntu」「Canonical」というと、Shuttleworth氏が連想されるが、Shuttleworth氏自身は、メディアの中での自分が、AppleのSteve Jobs氏のような存在になることをよく思っていないのだそうだ。
Shuttleworth氏は起業家で、民間人として初めて月旅行した人としても知られる。Canonicalは黒字転換できていないといわれるが、こと財務となると、Shuttleworth氏は隠すことなく「いまのところ目標ではない」と述べている(Shuttleworth氏は、Canonicalに万が一のことがあってもUbuntu継続を保証するため、非営利団体としてUbuntu Foundationを設立している)。
Shuttleworth氏はCanonicalで何をしたいのだろうか? 「社会的な富につながるツール作りを支えたいのではないか」とCarr氏は言う。「MarkはUbuntuでエンドツーエンドのプラットフォームを作る。それしか考えていないんじゃないかな」(Carr氏)。それは、静かなオフィスの隅で、ジーンズ姿で熱心に仕事をするShuttleworth氏の姿が最もよく物語っていた。