メンティーとプロテジェ
読者から「学問の世界では"メンティー(mentee)"より"プロテジェ(protege)"のほうが一般的」といった主旨のご指摘をいただきました。たしかに"プロテジェ"とも言いますが、企業ではどちらかと言うと「メンティー」のほうがよく使われています。「コーチとコーチー」と同じように「メンターとメンティー」という組み合わせが使いやすいのだと思います。筆者が担当したHewlett-Packardでは、米国でも日本でも「メンティー」を使用しております。現状では日本企業でも「メンティー」のほうが一般的ですので、以後、本稿では「メンティー」と表記します。
ステップ3 - 自分のビジョンをどう創っていくか
「あなたのビジョンは?」と聞かれても、何と答えたらいいのかわからない - これが山崎の正直な思いである。大学生のときに漠然と将来の夢などを考えたことはあるが、それと田中の育成とがどう関わるのか、いまだピンとこない。
とりあえず、「自分のビジョン」についての文献を当たってみることにした。Peter M Sengeの『The Fifth Discipline』は「パーソナルビジョン」について次のように説明している。
「自分のビジョン」とは「自分のために、また世界のために創りたいこと」で、キャリアだけでなく、人生全体においての「成功」を意味する。「自分が本当に望んでいることは何?」という質問に答えるには、まず、人生の目的や自分を導く信念とは何なのかを理解していることが大事である。
それが理解できたら、人生の目標に到達するには、どの信念を保ち、どの信念を取り替えたほうがいいのかを決めることができるようになる。「自分のビジョン」は私たちが決めていくことのほとんどに影響を与えている。「自分のビジョン」がないということは、「自分の人生を自分でどうしたらいいのかわからない」という気持ちにさせてしまう。今は「人生のビジョンなんて今まで考えたこともないので、何となくしっくりこない」と思っているかもしれないが、「人生の目標/目的が明確であると、自分の内から湧くパワーが強くなる」ことを信じて、ともかくやってみることが重要である。
これでもやっぱり、何のことかはっきりしないが、ともかく続けてみることにした。「ビジョン創りには、邪魔の入らない心休まる静かな場所がいい」と書いてあるので、職場でやるのは無理だと判断した山崎は、休日に自分の好きな高尾山に行き、下記の指示に従って「ビジョン創り」に取り組むことにした。
ビジョン創りのステップ
まず、目を閉じて、自分にとって「とても大事なイメージ」を思い浮かべてみる。たとえば、気に入っている自然の場所、心から尊敬する人の顔、今までの人生で起こった大事な出来事など。
次に、人生の中で、自分が一番やりたいこと/最も望んでいる人間関係などを想像してみる。この段階では現実的であるかどうかは考えないようにする。とにかく理想の環境にいる自分の姿を思い浮かべることに集中する。この「頭に浮かんでいること」を、あたかも現実で起こっている出来事のように、そのイメージを表現してみる(絵に描く、文章で表す、口にしてみる、など)。
さて、次は自分のビジョンにつなげていくのに大事なステップである。それぞれについて、理想とする自己イメージ、自分の長所を入れて書いてみよう。
- 私は、○○な人です
- 私は、○○を持っています
- 私が理想とする健康とは、○○のような状態です
- 私は、家族、友人、仕事仲間、その他の人たちと○○な人間関係をもちたい
- 私が理想とするキャリア/仕事環境とは、○○です
- 私の職場に対するインパクト、社会一般に対するインパクトとは○○です
- 私は、学び、成長(勉強、旅行、仕事)を通して、○○のようなことを成し遂げたい
- 居住するコミュニティに対して抱く私のビジョンは、○○です
- 私が世界に対して抱いているビジョンは、○○です
- 理想的なコミュニティを創造するための私の役割とは、○○です
- 私は、人生において○○なことも創造したい
- 私の人生のユニークな目的とは、○○です
次は、前段階で"創りたい"とした事項が「本当に自分が望んでいることなのか」を明確化し、大事なものとそうでないものを分けていく。具体的には、上記で答えたビジョンに対して、1つずつ次の質問をしてみる。
Q: このビジョンを、自分の人生のビジョンとしてもつとしたら、自分は本当にこれを受け入れられるだろうか?
Q:仮に、今、このビジョンが人生にあるとしたら、自分にどのようなことをもたらしてくれているのか? 今、自分はなぜこれが欲しいのか、なぜ自分にとって大事なのか
ここでは、「自分が望んでいることが人生に起きたら、自分の人生はどう変わるのか」「この選択が自分の人生にどのような影響を及ぼすのか」を考えていくことが大事である。この段階で見つけようとしているのは、自分が描くビジョン全体の背景にある深いレベルでのモチベーションである。この過程を通ることによって、自分のビジョンとしてあげた内容が3 - 4つぐらいの目標にまとまっていくことに気づく。人は誰でも大事な目標を持っているものであるが、深いところに埋まっていて気づかないことが多い。これらを掘り起こすのには時間がかかる。きちんと掘り起こすためにも大事なのは、自分自身に正直に答えることである。
次に、自分のビジョンをもう一度見直して、自分が本当に望んでいるものとして表現してみる。仮にこのビジョンが今の自分の人生とかなりかけ離れていると、人は、当然、疑問、心配、失望感が出て、マイナスの思い込みにつながってしまう。
- 私が望んでいることは、どうせだめなんだ…
- 私の望んでいることをもてる価値なんて、私にはないんだ…
- 本当にやりたいこととは違っても、今のままで安全だからこれでいいんだ…
もしこれらの「思いこみ」が出てきたら次の質問をしてみよう - 「本当にこの思いこみが、自分にとってまだ必要なのだろうか?」 - もし、必要でなければ、その思いは捨て、最も高いところにある夢を実現するための「思い」に切り替えていく姿勢が大事である。
- 私には、私の人生の中でこの夢を実現していく価値はあるはず
- これだけ一生懸命にやってきたことは、報われるはず
- 私の人生の目的に向かっているときに私は最も貢献している
人生にはいろんなアップ&ダウンがある。自分の人生の目的をもっても、それに向かって常に進むのはやさしいことではない。サポートしてくれる人を探す、また、自分の人生の目的に沿って生きていく自分を、自分自身がどのようにサポートしていくのかを考えることも大事である。
ビジョン創りは1日にして成らず
山崎は半日かけて取り組んでみたが、「これが自分のビジョンというものなのだろうか……」とまだ半信半疑である。ビジョン創りは1日2日でできるものではない。山崎は「自分を知る」という「自分探しの旅」に一歩踏み込んだだけなのである。それでも「このようなことが自分にとっては大事なもののようだ」という感じを掴み、意識し始めることが重要なのだ。自分のビジョンを意識し始め、「私の人生にとって本当に大事なものは何なのか」を自問する習慣をつけると、だんだんと自分のビジョンも固まり、自然にビジョンに沿って生きていくようになるものである。時間に追われて毎日を過ごしている山崎が、自分自身に時間をかけて「自分を知る」ために踏み込んだ第一歩は、メンターとして大事な大きな第一歩であると言える。
次回は、田中との具体的なかかわり方について触れていく。
理想の環境をイメージするには、好きな場所、心落ち着く場所が必要。誰にもじゃまされない「自分の空間」を見つけておこう。また、理想と現実があまりにかけ離れすぎているとマイナスの感情に左右されやすいので注意しよう。 |
(イラスト ナバタメ・カズタカ)