コーチとメンターの違いとは

ステップ2に移る前に、日本でもアメリカでも混同して使われている場合が多い、コーチングとメンタリングの違いについて簡単に触れておきたい。

コーチング

社員が仕事上のある特定の目標を達成するのに必要な、特定のコンピテンシーを身につけたり強化したりするために、ステップごとに質問/指示/フィードバックを与えるプロセス。期間は3カ月単位で区切る場合が多く、必要に応じて延長していく。コンピテンシーの選択に関しては360度評価(多面評価: 上司に限らない複数の関係者に匿名で評価させる仕組み)の結果を利用したりする。コーチは、同僚、上司、あるいは社外のコンサルタントがなる。

メンタリング

コーチングはメンターのやることの一部で、メンタリングは社員(メンティー)がある仕事をするのに必要な特定の能力開発だけではなく、社員の「個人的なビジョン」すなわち「社員の人生にとって何が大切なのか」という部分まで関わってくる。この意味で、社員の「中長期的な人材育成」を目的としており、期間も10カ月以上の場合が多い。メンターは経験豊かな人生の先輩として、「あなたには成功する力があることを私は信じていますよ」という姿勢でメンティーを励まし、導く。

ステップ2 - メンターとして部下の育成にコミットする

ステップ1では、心のバランスを取り戻し、「犠牲者」から「価値の創造者」に自分をシフトするために自分のエネルギーを未来に向けることに注力した。エネルギーを未来に向けることができるということは、「部下の育成」に自分がコミットできるということでもある。コミットメントなしにいやいや「部下の育成」に取り組むと、部下は「自分のことを思ってくれていない」と感じ、やる気が失せていくことになる。

そうならないためにも、メンターとして時間を過ごすことが自分にとってどのようなプラスになるのかを、自分自身で納得しておくことが大事である。

山崎は、決して「経験が豊かな人生の先輩」という理想のメンターではない。本来は、山崎よりもっと年配の経験者のほうがメンターとしてふさわしいかもしれない。実際、山崎当人が誰かメンターについて育成してほしいぐらいなのだ。山崎はこの段階で、上司に「メンターとしてではなく、コーチとしてのみ田中の育成にコミットしたい」と申し出ることも考えられる。

しかし、自分のエネルギーを未来に向けた山崎は、「せっかく上司が自分にメンターとしてのチャンスを与えてくれたのだから、これを自分自身の成長にも生かせるのではないか。メンターのプロセスを学べば、コーチングについても同時に学べる」と考え、「メンターとしてチャレンジしてみたい」という気持ちが出てきた。山崎自身、今まで「自分のビジョン」とか「人生の目標」とかあまり深く考えることもなく今に至っているので、このプロセスを通ることは自分にとってもプラスになるのではとチャレンジする意欲が湧いてきたのである。

ステップ3 - メンターとして身につけるべきスキル

  1. 人生で起こっていることを、常に「自分の学びと成長のいいチャンス」として生かしていく
  2. 自分のビジョンを持ち、それに沿って生きている姿勢を見せる
  3. 傾聴する
  4. ポジティブなフィードバックを与え、励ます
  5. コーチングする
  6. メンティーに建設的なフィードバックを与える
  7. リスクを管理する
  8. キャリアアップの手助けをする

人を育てるという経験のない山崎にとって大きなチャレンジは、上記に挙げたメンターとしてのスキルをどう身につけるかである。読んで頭に入れただけでは身につかない。かと言って、今からコースをとって学ぶ時間的な余裕もない。

そこで山崎は、田中と正直に腹を割って話し合うことにした。「メンタリングは自分も初めての経験で、学ぶことの方が多い。自分が教えるとかいうことではなく、君からも学ぶことが多い思う。だからお互いにパートナーでやっていくということで、どうだろうか」 - 身につけるべきスキルはどのようなものかを頭にたたき込み、その時々の必要に応じて「使いながら身につける」ことにした。

まず、山崎が取り組まなければならないのは「ビジョンに関するスキル」である。つまり自分のビジョンの明確化だ。

ステップ3 - ビジョン(夢)を明確にし、実現に何が必要かを把握する

ここで必要なのは、自分が今、「どのような状況に置かれていて」「自分の望んでいる将来像がどのようなもので」「そこにたどりつくには何が大事なのか」を明確化するスキルである。

この場合の「将来像」は、仕事上のことだけではなく自分の人生そのものについても考える必要がある。「この忙しい中、人生のことなんて」と無視しがちであるが、メンターである限り大事なポイントである。なぜなら、メンターとはただ単に今の仕事を教える人ではなく、メンティーである田中を育成する人だからだ。すなわち、田中のビジョンを明確化し、実現する手助けをする人である。他人のビジョンを明確化する手伝いをするなら、まず自分自身のビジョンを明確にしておく必要がある。

次回は、山崎自身がどのように自分のビジョンを明確化し、メンターとして活動を始めるのかをステップごとにご紹介し、その際に必要となるスキルについてもう少し詳しく触れていきたいと思う。

教えてもらった経験のない新米メンターは、必要なスキルを使いながら覚えていくのが効果的。メンティーと向き合う姿勢も重要だ

(イラスト ナバタメ・カズタカ)