教育におけるICTの利活用はよく耳にするが、セキュリティの懸念からオンプレミスなサーバーを利用するケースが多いとされている。そんな状況をSaaS型のクラウドサービスで打破しようとする「Classi(クラッシー)」の取り組みについて、Classi 取締役 加藤 理啓氏に話を伺った。
Classiは2014年4月に設立されたソフトバンクとベネッセの合弁会社。現在は全国100校がモニターとして試用しており、2015年度より正式にサービスを開始する。
サービス内容は大きく分けて「授業・学習アプリ」と「生徒カルテ」「コミュニケーション」の3つ。
授業・学習アプリはその名の通り、教育ICTの中心に位置する存在で、先生の授業用教材やWeb上でテストを行う機能、授業記録などを行う。生徒カルテでは、生徒それぞれの指導の履歴やテストの結果、調査書の出力まで、学校の多様なニーズに応える。最後のコミュニケーションは、既存SNSでは実現しにくい先生と生徒のコミュニケーション、データ共有を図る。
何故ソフトバンクが教育へ?
「教育のICT活用は、ソフト・ハードの両面から行う必要がある」
そう語るClassiの加藤氏は、ソフトバンクモバイルより出向した人物。B2C領域でコンテンツマーケティングを行った後、新規事業開発案件を国内外で取り組んできたという。なぜソフトバンクが教育ICTに対して取り組むのか。
「孫(社長)が、様々な問題を自社の課題として見据えています。東日本大震災を契機とした電力に対する取り組みもその一つでしょう。こうした中で、教育も課題としたわけです。
今の子どもたちは、家でスマートフォンやタブレットに触れて新しい発見をしますが、一番長くいる学校では新しいものを見つけることができない。学校で楽しいと思える環境を、新しい勉強をしないとダメだと思うんです。
ソフトバンクとして、『情報革命で人々を幸せに』という目標がありますが、この目標を学校で実現する。そのために、学校と圧倒的なチャネルを持つベネッセさんの営業と組んだんです」(加藤氏)
教育で重要なのは「長く続く信頼できるサービス」
Classiは、学校の"クラス"にイノベーションの"I"とITの"I"、そして「私」を表す"I"の3つのIを組み合わせて社名に据えた。こうした教育支援では、単に生徒の教材のみ、校務のみと区切った形でソリューションが提供されるケースが多いが、生徒のあらゆる情報を包括して提供することで、その他校務支援システムとの連携なども図れる総合的な学習支援サービスという印象を受ける。
ベネッセと協力した取り組みのため、同社が提供する進研ゼミの問題集や模試「進研模試」のテスト結果など、豊富なコンテンツを簡単に利用できる下地がある。
実際に、モニター試用を行っている聖セシリア女子中学校・高等学校の教務部長 笠井 理弘氏も、将来的に進研模試が利用できるところをメリットとして感じ、正式導入を決めたようだ。
「模試成績や学校成績をまとめられるところがメリットですし、ベネッセの模試しか使っていないうちにとっては、模試データがそのまま入ってくることで、事務員の無駄な作業がなくなりますし」(笠井氏)
同校の事情としては、これまで生徒情報の管理を統合管理するシステムがなく、成績や生徒の情報がバラバラに保存されていたという。調査書の出力やテストの時期に差し掛かると、事務員がそのたびにデータを入力していたため、効率的な情報管理ができていなかった。
では何故、ICT化が進む現在まで統合管理システムがなかったのか? 理由は「信頼できる事業者が見つからなった」と笠井氏。実は以前、ほかの高校で教務システムなどを請け負っていた企業が、突然開発・サポートを中断したというのだ。情報システムの刷新は課題であったものの、サポートが打ち切られて対応できる人員を抱え込む余裕のない学校にとっては、なかなか一歩が踏み出せないというのが実情だろう。
その点では、「これまでもお付き合いのあるベネッセなら安心だと思った」と笠井氏が話すように、社会的責任が大きく、長年のナレッジの蓄積がある企業のサービスは安心感があるようだ。
この点は、Classiの加藤氏もこう語る。
「教育分野でこの話をすると、なかなか難しいところがあるのですが、ビジネスとしてしっかりと収益性を考えてサービスを構築しています。現在はモニター試用を行っていますが、4月の正式サービスインから有償で提供します。クラウドサービスだからこそ、プラットフォームを改良しやすいし、コンテンツも拡充していく余地が大きい。
『2年で提供を諦める』となったら、学校からすれば迷惑以外の何物でもない。学校には6学年の生徒がいるのに、短期間でやめてしまうと1年生だけサービスが違う、教え方が違うということになります。これは失礼というレベルの話ではなく、絶対にやってはダメなこと。
だからこそ、長くサービスを続けられるようなビジネスモデルを考えた上で、無茶なサービスではなく、学校と生徒、そしてコンテンツプロバイダーさんの全てにとって、適正な形でサービスを提供していきたいなと考えています」(加藤氏)
先生が利用しやすいように
教育におけるICTの問題は、生徒と教師のICTに対する理解力・習熟度の差も存在する。といっても、教師が優位なのではなく、生徒の方が優位な立場にある。
幼少期からPCやスマートデバイスに触れている生徒の方が、高等教育以降や社会人になってから触れるようになった先生よりも様々なサービスに慣れているのだ。
そのため、先生と生徒の間を取り持つコミュニケーション機能であっても、生徒側の問題より、先生側がどのように取り扱うかを意識しなくてはならない。
Classiの加藤氏からそうした話を聞いた後、聖セシリアの笠井氏に問うてみると、確かにそういった問題は存在すると話す。
「私は過去に経験してきた業務から、デバイスを使うことに慣れているのですが、先生によっては難しかったりします。モニター試用中でも、出欠席のやり方がわからなかったり、生徒個別の状況把握に利用する記入欄などに記述するのが面倒という先生もいらっしゃいました。ただ、これは文字で書いた方が楽ということで、デジタルに慣れていないのでアプリを利用しなかっただけです(※紙のメモなどはとっている)。これまで通りにアナログな記入ができれば良かったのですが、そうは行かない。
ただ、来年度から正式に導入するということで、先生たちも危機意識をもって積極的にPCを使い始めています。本当は閲覧や面談だけでアプリを利用しようとしていましたが、テストや授業などで利用するWordやPowerPointも使えるWindowsタブレットを当校では導入するので、『幅広く活用できるなら』ということで頑張っていますね。先生たちも慣れていないとはいえ、もう少しアプリの使い勝手が良くなるといいんですけどね(笑)」(笠井氏)
この点については、Classi側でも課題を認識している。
「モニターを通して、非常に多くのフィードバックをいただいています。この1年未満で既に150項目ほど修正を行っており、本当に多くの声をいただきました。といっても、機能は初めから多めに搭載し、先生たちが利用する・しないという利用率を見て取捨選択を行っています。一番多かった依頼は、文字の大きさが小さいなどのUI/UX絡みでした。
それ以外では、学校個別のルールによるものが多く、それぞれに合わせるようにしています。意外なフィードバックとしては、コミュニケーション機能の利用で、『授業でこういう素材を使うよ』と、ファイルを配布するニーズが想定以上にありました。どうも生徒がYouTubeなどの動画のリッチコンテンツに慣れているため、動画配信などを行い、授業に集中させるためのアイキャッチとして活用しているようです」(加藤氏)
Classiは子供の後押し、そして元気な先生の後押しに繋げたい
Classiが目指す場所は、「生徒のちょっと見えにくかったものが先生に見えるように」というコンセプトだと加藤氏は語る。
「生徒は勉強をどうすればいいのかわからないし、私達も経験していると思いますが、とにかく"楽しくない"。そこを解決してあげたいんです。
子供たちに話を聞くとシンプルな応えが返ってきます。
『わからなかったことがわかるようになった』
『出来なかったことが出来るようになった』
これだけで勉強に喜びを感じるんです。小さな躓きをなくしていくことが、子供たちの成長に繋がる。そこを少しずつ気付けるように、先生たちの手元でわかるようにすることが大事なんです。
もちろん、Classiはこれからのサービスであり、課題もあります。ベネッセさんの豊富なコンテンツがあるとはいえ、学習全般を考えるとまだまだ足りない。その上、学校のインフラ整備も進んでいないため、ICT環境が整っている学校は殆ど無いといっても過言ではありません。そこはソフトバンクとして支援するスキームも用意します。
ほかにも、クラウドサービスに対する理解や国のルール整備が進んでいない。ICTの導入は、これまでアナログにこなしていた作業を効率化して、コストを下げる目的があります。そのメリットをどれだけ伝えられるかが重要だと思っています。これまでは、紙の連絡網を配っていましたけど、個人情報保護法などによりなくなった。でも、アプリを活用すれば、家庭とのコミュニケーションもとれるし、指紋認証や端末認証を導入すればセキュリティも担保できる。色々とやれることはあるんです。
こうした魅力を推していきたいし、Classiを元気な先生、熱量のある先生に届けたい。『どうやったらプラスの情報を与えられるか』を常に考えている、面白い先生はたくさんいます。もちろん、そうした先生たちでもICT環境に慣れていなかったりしますが、うまく使えない先生でも後押しできるように頑張って行きたいですね」(加藤氏)