前のクルマへの追突を未然に防ぐ「シティ・セーフティ」

今回お話を聞いたボルボ・カーズ・ジャパン マーケティング部 広報室 柴田英明氏

ボルボが「XC60」に搭載した「シティ・セーフティ」は、前方に障害物があると自動的にクルマを減速・停止させるという画期的なシステム。障害物を検知すると警告を発する、制動に備えてブレーキをスタンバイさせるといったシステムはすでにあるが、クルマを停止させるというのはボルボが初めてとなる。

このシステムは、30km/h以下で作動する。「渋滞時や交差点で発生する時速30km/hまでの低速走行時の追突を未然に回避もしくは追突ダメージを軽減します」(ボルボ・カーズ・ジャパン 広報室 柴田英明氏、以下同)という。ボルボの調査によると事故の75%が30km/h以下で発生しているため。渋滞中、ついついよそ見をしていて、前車に追突しそうになったという経験は誰でもあるだろう。シティ・セーフティは、こういった状況での事故を回避または軽減することができる。

シティ・セーフティのイメージ。衝突が避けられないと判断した場合に作動する

フロントウィンドウ上部のレーザーセンサー(向かって左)

こういった自動ブレーキで懸念されるのは、システムへの依存や過信。クルマが自動でやってくれるから自分はブレーキを踏まなくてもいいだろう、と考えてしまうことだ。「当然それも想定しています。だからシティ・セーフティはわざとギリギリで、急ブレーキで停車します。つまり、これが緊急事態であるということをドライバーにわかるようにしているわけです」。この後、実際にシティ・セーフティを体験したが、本当にギリギリになってブレーキが掛かる。しかも停車位置は障害物から1m以内という近距離だ。それでもフルブレーキの半分程度の効きだとのこと。また、ブレーキを強く踏む、ハンドルを大きく切るなど、ドライバーが明らかに回避行動をとった場合は、シティ・セーフティは解除される。これはドライバーの操作を優先させるためだ。

シティ・セーフティを体験する。手前は障害物に見立てたダミーカー

シティ・セーフティが動作すると、メーター内にもメッセージが表示される

シティ・セーフティの効果を連続撮影したもの。障害物の背面には金属テープが貼られている

せっかくのシステムなのだから、30km/hといわず、もっと高い速度でも動作すればいいようにも思うが、これはシティ・セーフティを広く普及させるため。「先ほど述べたように30km/h以下でほとんどの追突事故が起こっていることもありますが、もうひとつは今後発売するすべてのモデルに標準装備したいと考えているからです」。シティ・セーフティはレーザーセンサーを使っている。「ミリ波レーダーやカメラなどと組み合わせてもっと遠くから前車を検知することも可能ですが、するとコストが上がって、オプション装着になってしまいます。ABSのように、標準ですべてのクルマに装着するというのがシティ・セーフティの狙いなんです」とのこと。現状ではXC60のみの搭載だが、モデルチェンジなどのタイミングに合わせてシティ・セーフティは順次、全車に搭載される予定。近いところでは、2011年に登場する新型S60にも搭載される予定だ。

もちろんボルボはシティ・セーフティに満足しているわけではなく、さらに歩行者を判断する「オートブレーキングシステム」も開発している。この春発表された新型「S60」に搭載されたもので、レーダーとカメラを併用し、歩行者を判断。速度が35km/h以下なら衝突を回避し、35km/h以上でもできるだけ衝突速度を抑えるという。「ボルボは2020年までにボルボ車との衝突で死亡する人をゼロにするという目標を立てています。それに向けての大きな前進になると思います」。

横からシティ・セーフティの動作を動画で撮影。急ブレーキで停止するのが分かる

車内後席から撮影。もちろんドライバーはブレーキ操作を行っていない

歩行者を認識するオートブレーキシステムのイメージ。2011年春に日本にも登場する予定

シートベルトはすべての安全の基本

シティ・セーフティだけでなく、ボルボは実に多くの安全技術を開発している。有名なところでは、いまやほとんどのクルマに装備された「3点式シートベルト」がある。50年前にボルボが開発し、特許を取得したが、これを無償で公開。それ以降、急速に広まったという経緯がある。「それ以前でも2点式のシートベルトはありました。また、4点、5点とベルトを固定する数が増えれば安全性も高まります。しかし装着が面倒では使ってもらえない。そこで開発されたのが3点式シートベルトです」。

3点式シートベルトの発案者、ボルボの研究員ニルス・ボーリン氏

最近ではエアバッグが急速に増えており、10個以上を装備するクルマも珍しくはない。しかしこれを過信してはいけないという。「エアバッグは数が多ければいいというものではありません。忘れていけないのは、エアバッグは安全性と同時に危険性も持っていることです。エアバッグは火薬で膨らませますが、その爆発力はプロボクサーのパンチに相当すると言われています。エアバッグのために擦過傷ができたり、火傷になったという例も多く報告されています」とのこと。では何が重要なのだろうか。「人とエアバッグが正しい位置関係にあること。たとえばサイドエアバッグですが、人によってシートスライドやリクライニングの量はずいぶん違います。どの位置に人がいてもエアバッグが正しく受け止めてくれることが重要です。そういった意味では、ボルボはドア側よりも、シート側にサイドエアバッグを付けるべきだと考えています」。

これは通常のエアバッグでも同じ。シートベルトを外して斜めに座っていたら、エアバッグは受け止めてくれないのはすぐに判るだろう。ちなみにエアバッグは「SRSエアバッグ」と記されることが多いが、「SRS」というのは"Supplemental Restraint System"(補助拘束装置)の意味。つまり、シートベルトを使用していないと効果はないということだ。

「クラッシュテストで分かることは、ものすごくピンポイントなんです。速度が何km/hで、どちらからぶつかってくるかが事前に決まっています。テストはもちろん重要ですが、それだけではわからないことがあります。ボルボの安全性へのこだわりは、現場での事故調査から来ていると思います。1970年から始まったもので、ボルボ本社から半径50km圏内でボルボ車の関係した事故が起きるとすぐに現場に向かい、警察や医師と協力して、事故の原因やケガの具合などの調査を行っています。事故調査ではメルセデスが有名ですがボルボも昔から行っており、今日までに約3万6千件の事故データを解析しています」。

現場の事故調査からどういったものが反映されているのだろうか。「たとえばスウェーデンは寒いですから、手袋をしたまま運転される方もいます。手袋のままラジオを操作しようとして注意がそちらに向いたために起きた事故がありました。そこでボルボは見ないでも操作できるように、スイッチを大きく、操作もシンプルにしました。些細なことかもしれませんが、そういったひとつひとつの積み重ねが安全につながると考えています」。

もはや当然の装備となった3点式シートベルト。推定だが、いままで100万人以上の命を救ったという

シートベルトとエアバッグの関係。シートベルトを装着しているからこそ、エアバッグが正しく効果を発揮する

今回試用したボルボ「XC60」。シティ・セーフティを始めとした各種の安全機能を装備する

今年の春の連休直前、ボルボ・カーズ・ジャパンは「車の安全意識についての調査」を公開した。それによると、日本でのリアシートベルトの装着率は33.5%(一般道)でしかないという。

「後席は目の前にバックレスト(背もたれ)があるので安全に思うかもしれませんが、実は逆なんです。たとえば50km/hで衝突した場合、後席に体重65kgの人が乗っていたとします。するとバックレストに衝突する力は3トンから5トンにもなります。後席に座っていた人はもちろんですが、前席の人も怪我や死亡に至る可能性があるわけです」。

後席3人乗りの場合、左右の席と中央の席ではどちらが安全だろうか? 「それは一概にはいえません。ただ、左右席が3点式シートベルト、中央が2点式のシートベルトなら、間違いなく左右の席です。2点式では鞭打ち症になる可能性だけでなく、内蔵に対する圧迫もありますから」。ボルボ車はほとんどのモデルで後席中央にも3点式シートベルトを採用している。

ボルボ「XC60」のカタログには、「プロテクティブ・セーフティ」(保護的安全機能)と「プリベンティブ・セーフティ」(予防的安全機能)に分かれ、それぞれ20項目近い安全機能が書かれている。このうち特にプロテクティブ・セーフティは、ほとんどがシートベルトとの連携で効果を発揮するものだ。たとえば「SIPS」は側面衝突時にボディ全体で衝撃を吸収するシステムだが、シートベルトをしていないと十分な安全が確保できない。「WHIPS」は、後方から強い衝撃があった場合、前席のバックレストとヘッドレストが瞬時に倒れることで身体にかかる力を和らげるシステム。これもシートベルトがないと正しく機能しない。「シートベルトはすべての安全の基本です。安全にドライブしたいなら、ボルボの安全性を十分に活かしたいなら、後席でも必ずシートベルトを使用してください」。

リアシートベルトの装着率はまだ低い。義務化されたからではなく、自分と家族の安全のために必ず着用を

ボルボは子供用にシートの高さが変えられるインテグレーテッド・チャイルド・クッションも導入している

ボルボのエンブレム。話を聞いた後では、斜めの線がシートベルトに見えてくる

撮影:加藤真貴子