厚生労働省の公表しているデータによると、全国の犬の登録数は6,73万9,716頭(2007年時点)。全国の一般世帯数はおよそ4,300万世帯あり、単純計算で6世帯のうち1世帯は犬を飼っている計算となる。データからもうかがい知れるように、犬を飼っている人もそうでない人も、暮らしの中で犬と関ることは少なくない。人と犬、そして犬を交えての人と人の円滑な関係を築いていくには、「犬と暮らす」ということをどのように捉えていけばいいのか? 人と犬、人と人の相互関係を動物行動心理学の立場から研究されている、ドッグトレーナーの須崎大氏にお話をうかがった。

須崎 大

須崎氏と須崎氏の愛犬 FIDO(ジャーマン・ピンシャーのオス。現在4歳)

Ph.D./DOGSHIP INC. 代表・Captain。宮崎県都城市出身。「Animal psycho-physiology Ph.D.(動物行動心理学)」と呼ばれる「動物と人の関わり」を主軸とする新しい分野を専門とし、人と犬、人と人の相互関係をライフワークとして研究。近年、社会人向けに「動物から学ぶコミュニケーション」をテーマに企業や自治体・ホテル等にて、メンタルトレーナー及び現役ドッグトレーナー双方の立場から講師として活躍中。「人間は動物との関わりを通して、身近な歓びを感じることを思い出し、より豊かに生きることができる」と提唱している。

また、家庭犬と飼い主間の「問題解決出張型トレーニング」は、双方にストレスがない画期的なメソッドを実践しつつ、飼い主自らが「学ぶ」事を目的とする、そのユニークな手法は、「コーチング」に通じるものとして各方面から注目を浴びている。

時代と共に変わる人と犬の関係

――ここ20年くらいで、私たちと犬の関係はずいぶんと変わってきたように思います。昔は犬を「飼う」でしたけど、今は家族として一緒に「暮らす」というイメージですよね。

須崎氏「時代とともに、家族のあり方も変わってきています。例えば、戦前は赤ちゃんは法律上物品扱いでした。犬は今でも物品扱いで、死んでしまうと、法律上では『壊れた』『破損』扱いになります。しかし、それもここ数年で変わってきました。『犬が家族である』という現代の家族の在り方が認められるようになってきており、動物病院で医療ミスが起きた場合には損害賠償を認めるようになりました。」

須崎氏「それに、私たちの生活環境も、時代とともに変わってきています。たとえば、江戸時代は派手な原色の着物を着るのが粋だったそうです。土とか木とか、周りにあるものが素朴な色なので、派手な色が映えたわけです。今、私たちの周りには、無機質なものや人工物が増えてきています。そして、アースカラーなどの素朴な色の服が好む人が多くなりました。これは、人工物が周りに多い時代に生きている私たちが"自然を感じられるもの"を求めているからではないでしょうか。犬との関係も同じで、昔は、家の外に自然が豊富にあったので、家の中に自然を持ち込む必要はなく、例えば番犬として、家の外で犬を"飼え"よかったのです。今は、もっと身近に自然を感じたい。だから、家の中で犬と"暮らし"たくなる。」

犬は「自然を教えてくれる」存在

――犬と暮らすことで、自然を感じることができますか。

須崎氏「私たち人間は、人工物の中で暮らすことで、いつの間にか自然に対して鈍感になってしまっているように思います。季節が変わったことだとか、街路樹が新芽をふきはじめたとか、気づくべきものに気づいていない私たちがいる。でも、動物はいつも自然体なんですね。自然に対して私たちの一歩先にいて、私達に自然を教えてくれる。犬と暮らして、犬とコミュニケーションすることで、『動物目線をもう一度呼び覚まそうよ』ということを、私自身、いつも感じ、学んでいます。」

――犬は自然を教えてくれる先生ということですね。もう少し、具体的に教えていただけますか?

須崎氏「難しいことではありません。たとえば、犬と暮らしていると必ず散歩に行くようになりますよね。人間が散歩して気持ちがいいと感じる時間帯は、特に朝方、あるいは夕方の涼しい時間帯です。そして、この時間帯は、動物も気持ちがいい時間帯なんです。野生の動物にとっては、この時間帯に獲物が動いていることが多い。それに、植物から、動物が心地よく感じる物資(森林浴物質)が放出される時間帯でもあります。犬と暮らしていると、自然とこの時間帯に散歩に行くようになります。それから、犬と散歩するときには、アスファルトの道よりも土の多い場所を選ぶと思います。犬たちは土が大好きです。水分が多く、いろいろなにおいの交換ができる。人間だけで暮らしていると、そういうところにはあまり行きませんよね。犬と暮らしているだけで、いつのまにか自然に触れ、色々なことに気付くことができます」。

須崎氏「"犬を飼う"という感覚だと、"餌を与える"、"しつけをする"という感覚になってしまいがちですが、"しつけをどうするか"ということよりも、犬に教えてもらいながら、自分の生活環境をどのように、『気持ちよい環境に変えていくことができるか』、そう考えることから、自然に犬とつきあっていける『犬との暮らし』が始まっていくのだと思います。」