今回紹介する『あたらしい戦略の教科書』はベストセラー『はじめての課長の教科書』の著者・酒井穣氏による第2弾だ。期待を裏切らない素晴らしい内容だった。現場で戦略を考えなければならない人はぜひ読むべきだと思う。

青の"課長本"に対し、今回の"戦略本"は真っ赤なカバーが目印

私自身、自分の仕事についての戦略を作ることがある。しかし本書を読み終えた今思うことは、戦略的思考はできていなかったということだ。私が戦略会議用の資料を作るときは、過去のフォーマットに従い、背景、目的、他社動向、市場予測(いつも右肩上がりなのが不思議だ)云々……を埋めていき、体制とスケジュールで締め括るという形をとるわけだが、これはいわば様式美の世界である。今まではこの「資料を作る」ことが「戦略を考える」ことなのかと思っていた。しかしこれでは「資料のための資料」という感じがしてならなかった。さらに戦略資料を作ることが目的となり、作った資料は顧みられることもなく、次回も同じような資料を作ることになるのだ。

最近、自分の業務の戦略をまじめに考える必要性を感じてきたので(今までの戦略資料は何だったの?)、手持ちの戦略のテキストをあらためて開いてみた。まず「SWOT分析で事業の環境分析をせよ」とある。具体的には「PEST分析や5フォース分析をせよ」とあり、マクロ分析やミクロ分析と大変なわけである。自社の強み分析ですら、細かい要素に分かれていて、どこまで調査すればいいものか途方に暮れてしまう。要は従来の戦略の本はフレームワーク(物事を整理する枠組み)がたくさん載ってはいるが、現場の人間には高尚すぎて現実離れしているのだ。

ちょうどそのようなときに『あたらしい戦略の教科書』を手にした私はラッキーである。本書は戦略というものは、いまや現場レベルで立てるものであるという考えから、これまでの戦略本のような小難しいことは一切なく、現場のビジネスパーソンが知っておくべき戦略のコツが詰まっていて、従来とは違った角度から戦略というものを理解できるようになっている。

自分はまだ若くて部下もいないから戦略は関係ない、などと思ってはいけない。自分が組織のリーダーではないとしても、自分の仕事の目標というものはあるはずであり、それを達成するためには戦略が必要なのだ。

本書では戦略とは「旅行の計画」であると例えている。「現在地」と「目的地」を明らかにし、そして両者を結びつける「方法=戦略」を考える。これが戦略を立てるということなのだ。こう言われると意外と簡単で戦略になじみが出てくるではないか。

この例えから、まずは「現在地」を正しく知ることの重要だとわかる。つまり情報の収集と分析だ。情報を顧客(Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)の3Cに分けた場合、最も重要な情報はどれだろうか? また、情報を誰でも入手できる「ドライ情報」と、インタビューによってしか得られない「ウェット情報」とに分けた場合、価値が高いのはウェット情報であるのは当然として、ウェット情報をうまく得るにはどうしたらよいだろうか? これ以上はネタバレになるので、答えは本書をご覧いただきたい。このあたりは戦略策定の最初の部分であるが、私には今すぐ使える実践的な考え方だったし、これだけでも本書を読む価値がある。この情報の収集と分析すら、確実に行われていない組織は多い。

また、戦略は途中で変わるものだし、そのためには情報は集め続けなければならないことにも留意すべきだ。カーナビで例えると、最初に現在地と目的地を設定するとルート(=戦略)が示される。時間が経ち、現在地が変わり、渋滞が発見されるとカーナビはルート(=戦略)を変えてくれる。つまり時間と共に現在地を把握し続ける必要があると同時に、現在地に合わせて戦略を変えることを恐れてはいけないということだ。

本書はこのあと、目的地の決定(目標設定)、ルートの選定(戦略立案)、戦略実行に関しての勘所がちりばめられている。従来の戦略本のような難しさはなく、かといって簡単にしすぎた入門本よりは実践的だ。特に戦略の実行においては人を動かす必要があり、泥臭く難しいところだが、それへの有効な方法も多数書かれてある。

本書は戦略の中でも必要最低限な部分をカバーしているにすぎない。しかし文章が非常に読みやすく、戦略の策定から実行に渡って一通りのことが書かれてあり、明日からでも実行してみたいポイントが満載である。いままで戦略のことを遠い存在だと思ってきた人や、戦略のテキストは読んでみたものの自分の仕事には大げさすぎると思ったような人にお勧めしたい一冊だ。戦略の具体的な進め方を本書で学んでほしい。あとは、学んだことを実際にやってみること。これこそがあなたとライバルの差をつける鍵である。

あたらしい戦略の教科書

酒井穣 著
ディスカヴァー・トゥエンティワン 発行
2008年7月15日発売
ISBN 978-4-88759-644-3
定価 1,575円(本体 1,500円)