「必要主義」は「お金なんかで人間を評価しない」という哲学
必要主義ーー。それは結局、「◯◯円以下の所得の人は無料で利用できます」という「所得制限」をなくしていき、中間層も含めた多くの人たちを受益者にするということです。
この考えは「所得の大小で人間を区別しない」、いやもっとはっきり言えば、「お金なんかで人間を評価しない」という哲学で支えられています。前回、お話ししたように、貧しい人にも一定の税負担を求めますし、所得の多い人たちにも分け隔てなくサービスを提供します。しかし、それでも格差は縮小します。「弱者救済」という私たちの常識とは正反対の格差是正策なのです。
この考え方は日本人にあまりにも馴染みがないため、いろんな批判が寄せられるかもしれません。
例えば、「そんなに多くの人たちにサービスを給付すれば財政が破綻する」という人がいるでしょう。
しかし、この考え方は間違っています。そもそも「財政や政府の大きさ」と「政府債務の大きさ」との間には、統計的に有意な関係はありません。日本やアメリカのように、小さな政府で借金の大きい国もありますし、北欧諸国のように、大きな政府で借金の少ない国もあります。
「支出の増大=財政破綻」という考え方は一種の神話
「支出の増大=財政破綻」という考え方は一種の神話というべきです。この神話は、支出のあり方が納税者の税への抵抗感を強めたり、弱めたりするという当たり前の事実を見逃すことから生まれています。政府がただ大きいのではなく、中間層も含めて広くサービスを提供できている国では、統計的に見て、税収が大きくなります。政治的多数が受益者となり、税への全体の抵抗が弱まるからです。支出と収入の相互連関を無視し、「支出の削減=財政再建」と繰り返していると、むしろ財政赤字を作り出す張本人となってしまいかねません。
「豊かな人にもサービスを給付するなんてバラマキだ!」という批判もありそうです。
でもそうでしょうか? 私たちの歴史をみてください。農村では、道路を作ったり、消防活動を行ったり、稲作を一緒にやったりという具合に、生活に必要なサービスをみんなで提供しあってきました。これをバラマキと呼んだ人はいません。
必要主義とは、受益感を高めながら租税抵抗を緩和するという戦略
必要主義とは、受益感を高めながら、租税抵抗を緩和するという戦略です。日本人が流してきた汗の代わりに税を納めるという提案は、正しい受益と負担の関係を訴えるものです。かつての自民党政治のように、減税をし、借金をしてまであちこちに利益を配り歩く、それをバラマキと呼んだはずです。
バラマキと言われれば政治家は萎縮します。増税とセットで支出の議論をして国民に反発されるのが怖いからです。ですが、それに加えて、自分の気に入らない政策にバラマキのレッテルを貼って袋叩きにするとすればどうでしょう。そんな政治のあり方は明らかに間違っていると思いませんか?
財政再建の理屈が優先された結果、増税の価値を知る貴重なチャンスを逃す
これに対して、「税負担が増えて、重税国家になってしまうじゃないか」と反論する人がいるかもしれません。
日本人の抱えているもっとも大きな誤解がこれです。例えば、消費税が10%になると14兆円の税収が国庫に入るのですが、この半分でいいので、サービスを拡充したとします。すると、大学の授業料、介護の自己負担、幼稚園や保育園の利用料、全国の自治体病院の赤字がなくなる可能性があります。税負担が増える代わり、私的負担が軽くなるのです。逆に、税負担を軽くするほど、その軽くなった負担は、個々人の自己負担となって跳ね返ってきます。とりわけ貧しく困っている人たちに。
本当の問題は別の場所にあるのです。今回の増税のうち、サービスの拡充に使われたのはわずか2割、昨年の8%への増税時にはたったの1割でしかありませんでした。残りは借金の穴埋めです。このようなアンバランスな増税が私たちの知らないところで決まってしまったことこそ、最大の問題なのです。財政再建の理屈が優先された結果、私たちは、増税の価値を知る貴重なチャンスを逃してしまったのです。
分断線を消せれば、犯人探しと袋叩きの政治に終止符
もう一度言います。私たちの社会にはいたるところに分断線が入り込んでいます。ある人が弱者救済を語ると、別の人はその分断線を利用します。「働きもしないのにただ飯を食わせるのか」「給付を減らして働かせるべきだ」と。そんなメッセージが中間層に届けられ、それが「公平」だと語られるのです。
でもこれで誰が幸福になるのでしょう。中間層の感じている深い将来不安に目を向けるべきです。社会が弱いものいじめで気を紛らわせている情けない状況を子どもたちはじっと見ています。
みなさん。一度、人間の違いではなく、人間の共通性に想いを馳せてみませんか? 私も、あなたも、彼も、彼女も、みんなが必要なものについて。
分断線を消せれば、「人間」の必要を私たちが語り合えれば、引きずり降ろす政治、犯人探しと袋叩きの政治に終止符を打てます。サービスを分厚くするためにみんなが負担し合う、全体の利益を守るためにサービスの安易な引き下げにみんなが連携して抵抗する、そんな政治に変えられます。「絆」に頼るのではなく、「絆」を作り出す政治。そのために知恵を使うのが次の世代への責任なのではないでしょうか。
(※写真画像は本文とは関係ありません)
<著者プロフィール>
井手 英策(いで えいさく)
1972年福岡県久留米市生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。日本銀行金融研究所、東北学院大学、横浜国立大学を経て、慶應義塾大学経済学部教授。専門は財政社会学。著書にDeficits and Debt in Industrialized Democracies(Routledge)『経済の時代の終焉』『日本財政 転換の指針』(岩波書店)など。