「101回目のオーディション」(プロポーズじゃありません)で、オーディションに合格した私。なぜあのときからオーディションに合格しだしたのか? 今思うに、100回のオーディションに合格できなかった経験がよかったんだなと。普通、モデルになりたいなんて思ってる女の子は、「私は可愛い」と思っているもの。そんな女の子がオーディションに10回でも落ちれば、だいたいは「こんなはずじゃなかった!」なぁんて思ったり、「才能がないのかな?」とあきらめる方が多いと思うわけです。

私の場合、楽天的な考え(ってかあの頃、あまり物事を深く考えてませんでした)と、根拠のない自信と、「モデルオーディションなんて水ものだし、受からなかったのは、たまたま企業やブランドのキャラじゃなかったからでしょ」……そんな風に思っていました。そしてなにより、モデルに対してなんの執着心もなく、受かればラッキィ! ヘンなお仕事は肥やしにしてっと……そんな感じで、オーディションに落ちたイヤな気持ちやヘボい仕事をすればするほど、次のオーディオションでその話をどれだけ面白く話せるか、そんな風に考えるようになりました。

何百人の書類選考で残れて、晴れて最終選考の30人に残っても、最後に受かるのは1人。今をときめく売れっ子モデルの人たちと真っ向から同じように受けても、

永遠にオーディションに受からないな
ならどうしたらいいのかな?
あっ!
わかった!
可愛くて、キレイで、背が高くて、肌も髪もツヤツヤで、顔も小さいあの人たちができないことをやればいいのかも!?
そうシフトチェンジ!

なんせ当時の事務所だけでも、2,000人ぐらい所属していましたからね。その中でもレベルがあり、もちろん私は一番敷居が低いモデル部署。同じ系列モデル事務所からは「あれ、モデルじゃないでしょ?」。そんな風に事務所内でも思われていました。

なので、たまたま同じオーディションの30人に残れたりした日には、「なんでいるの?」状態。挙句の果てには、モデルやそのマネージャーにまで「え? ブックとか持ってるの? エラいねぇ」なんてイヤミを言われる始末。ブックというのは、自分の宣伝写真などを写真集みたいに大きなファイルにしたもの。それをオーディションに持っていくのが普通なのですが、「まさかB級モデルはブックなんか持ってるわけない」みたいな言われようをされたこともあります。

そんな機会が増えるほど、「ちゃんとしたブックを持って、あの人たちに勝つぞ!」なんて思っていました(笑)。で、B級モデルが勝つには、まず「なんでもやろう!」ということ。

まあ、精神的に苦痛を伴うようなものは抜かして、だいたいのお仕事はさせて頂きました。だって、最初からイイお仕事なんてないと思ってたし、肥やしにするならヘボくても普通はなかなか出来ない経験だしな、と。たとえば、どんなお仕事があったかなぁ……。

あ、ドラマでギバちゃん(柳葉敏郎さん)がジムで泳いでいるシーンの反対レーンを泳いでいる人の役とか(笑)。このときはモデル4、5人「泳げる」条件で来ているはずなのに、「泳げる人、手を挙げてください」で、手を挙げたのは私だけ。まぁ、顔も映らないようなエキストラで、メークも髪も濡らしたくない! みんなそう思っていたはずですからねぇ。

それで泳ぎました、私。
そして言いました。その次のオーディションで、
「先週、ギバちゃんの反対レーンを泳いできましたぁ」

どんなお仕事しているのか、どんなことができるのか、ちゃんと説明しておかないとね。しかもラッキィなことに、この手のお仕事は先にあげた「可愛いくって、背も高くって、肌、髪つやつやで、顔も小さい売れっ子モデル」の方々は100%に近い確立でお仕事されません。なのでバッティングせず、逆に堂々と話してみました。

「モデルなのにかわいそうだね」なんて言う方もいましたが、本人は全然かわいそうだと思っていませんでした(笑)。これもモデルへの執着心がなかったからだったと思います。「だって歌手になるんだもん、その肥やしだし、きっかけづくり」と思って本当にどんどんお仕事しましたよ。

そうしたら不思議。最終選考の30人に残ったモデルの中に、そんな女の子はほとんどいないので、だんだん(良くも悪くも)印象に残るようになったのか、「あの子、面白いね」。多分、そんな理由から、オーディションに受かるようになっていったのです。

19歳ではじめてのレギュラー番組、当時「月9」なんて言われていたフジテレビの裏番組に受かったときのオーディションのひとコマは、
テリー伊藤さん「君は顔がデカいなぁ。うーん。髪しばってみて! なるほどね、じゃぁこのパープリン大学の"P"って書いてるトレーナー着てみて」
19歳の私「はぁい(この人、浅草ヤング洋品店に出てたあのスタイリストさんだぁ)」

そんな風に、有名プロデューサーを勝手にスタイリストと間違えたままオーディションを受け、しかもその製作会社の社長なんて夢にも思わず、パープリンの「P」と書いてるトレーナーを素直に着て「パープリン着てみましたぁ」なんてアホな顔をしたまま微笑み。
テリー伊藤さん「よし、顔デカいけど、パープリントレーナー似合うから、明日から来い!」そう言い渡されました。というわけで、初レギュラー番組名は月曜21時放送の『パープリン大学』。

「さすがスタイリストさんだから、トレーナー似合うのをわかってくれて合格にしてくれたんだぁ」

本気でそう思ってましたよ(笑)。そもそも、スタイリストさんが番組のレギュラーを決めることはまずないだろうし、パープリンのトレーナーが似合うのは、スタイルがいいとかそういう理由じゃないはずなのに、本人大喜びの初レギュラー(笑)。

このコラムを書いいてたら、あんな話やこんな話がいっぱいあるなぁって思い出しちゃいました。なので、次週も「輝かしいモデル秘話」をお話していきたいと思います。ではまたぁ。

写真は週末のNHK-FMのリハーサル模様。メッチャ私服です……