テクノロジーが進化し、AIの導入などが現実のものとなった今、「働き方」が様変わりしてきています。終身雇用も崩れ始め、ライフプランに不安を感じている方も多いのではないでしょうか。

本連載では、法務・税務・起業コンサルタントのプロをはじめとする面々が、副業・複業、転職、起業、海外進出などをテーマに、「新時代の働き方」に関する情報をリレー形式で発信していきます。

今回は、IT企業経営者としての経験も持つ弁護士・中野秀俊氏が、他社で活躍している人材を引き抜く際の法律上の注意点について解説します。

  • 引き抜きは法律違反?


引き抜きは法律違反?

優秀な人材は、既に他社で活躍している場合も多く、そのような人をいかに自社で採用できるかが経営上重要な戦略です。この点、スタートアップ・ベンチャー企業の経営者としては、他企業の社員を引き抜く行為が適法であるのか、違法であるのかが懸念となることが多いと思います。

原則として、従業員の職業選択の自由を確保するため、通常の勧誘行為は違法とはなりません。ただし、裁判例においては、「単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した方法」により人材を引き抜いた場合には、違法と判断する判決があります。

社会的相当性を逸脱した方法とは、以下の事由を総合考慮して判断することになるとされています。

(1)転職する従業員のその会社に占める地位、会社内部における待遇及び人数
(2)従業員の転職が会社に及ぼす影響
(3)転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)

つまり、転職の際に在籍する企業の悪評を意図的に流し、虚偽の説明を用いて従業員の引き抜きによって重要情報を流出させるといった、社会通念上不相当な方法を用いた場合には違法になる可能性があります。

このような方法を用いず、通常の誠実な勧誘行為をする過ぎないのであれば、違法とならないため、法律的には過度に気にする必要はありません。

とはいえ多くの場合、企業と従業員の間において、誓約書等で競業に転職することを禁止する契約を締結しています。そのため、自社に就職する従業員が元の就職先から損害賠償請求等を受けるのではないかという点も考慮する必要があります。

採用を検討する従業員が元の就職先との間で競業禁止の合意をしている場合、後述のとおり、競業禁止条項が必ずしも有効ではないため、これを踏まえた考慮が必要となるのです。

競業禁止条項について

他の企業、特に競業企業への人材流出を防止すべく、入社及び退社時に「会社を退社してから1年間は、会社と競業する事業を営む企業への就職をしません」といった契約書を締結するケースは多くみられます。

もっとも、このような合意は退職者の職業選択の自由(憲法22条)を制約するため、無効になる可能性があり、裁判例では、次のようなことを考慮し、合理的な制限でなければ無効と判断されているケースが多数あります。

競業禁止の期間
禁止される地域
禁止される営業範囲
労働者の地位
代償措置の有無

具体的には、競業禁止期間が3年などの長期間である条項や、業種の限定がされていない条項は、無効となる可能性が高いです。このため、企業としてはこのような競業禁止条項を設ける場合やその運用の仕方を検討する際には、契約条項が無効にならないよう、規定するなどの注意が必要です。