日本航空の全パイロットが、コミュニケーションスキルの向上のために受けているという「言語技術」教育。そのカリキュラムは、「対話」「説明」「分析」という3つのプログラムに分かれている。それぞれのプログラムの目的や役立て方について、「言語技術」の指導にあたる2人のパイロット、塚本裕司さんと金子幸市さんにお話を聞いた。

左から塚本裕司さん、金子幸市さん

絵を見ながら分析をする

――「分析」ではどんな授業をしていますか?

塚本さん:ちょっと意外かもしれませんが、分析のトレーニングでは「絵の分析」を取り入れています。絵画鑑賞のようなものですね。

――絵を、どんな風に分析するのでしょうか?

塚本さん:ここに、空港でのワンシーンを描いた1枚の絵があります。こういう絵を見ると、僕たちは人物を中心に見てしまいがちですよね。そうではなくて、まず大きなところから見るんです。まず、国内なら何地方にあるどの空港か、季節はいつ、時間帯は……と、絵をつぶさに観察して、環境設定を割り出します。

――それが「言語技術」とどんな関係があるんですか?

塚本さん:コミュニケーションの中でも、「聞く・話す」という能力ではなく、この2つの間にある「考える」能力のトレーニングです。実際のフライトでは、気象条件などはめまぐるしく変わり、同時に多くのできごとが発生します。そんな中で、必要な情報を上手く拾って解釈し、行動につなげるためのトレーニングですね。僕が初めて「言語技術」を学んだときも、分析の授業にはかなり衝撃を受けました。

金子さん:僕にとっても衝撃的でしたね。分析した結果を発表するときに「"事実"と"意見"は分けて話してください」と言われるんです。何かを言うと、「それは事実ですか? 金子さんの意見ですか?」と、徹底的に聞かれました。最初は事実の後に意見を付け加えるのですが、だんだん「もっと短く」と要求されるようになり、うまくまとめようとすると、意見のほうが先に出てきてしまうんです。すると、「それは事実ですか?」と確認されて……。自分に言語技術がないことを痛感しました。

――パイロットは状況分析が得意そう、というイメージがあります

金子さん:そう言われるとうれしいですけど(笑)。たしかに、「言語技術」を学ぶ前も、僕たちは日々、分析をしてきましたし、その技術を磨くトレーニングはしてきました。それに、「事実と意見は違う」というのも以前から何となくわかっていて、「これは自分の意見だけれど」など、ちゃんと分けて伝えていたつもりです。その上で「言語技術」を学んだことで、自分たちがやっていたことを理論的に理解できた。「今までやっていたことは正しかったんだ」と確認できたことには、大きな意味がありますね。

広がる言語技術の輪

――普段から言語技術をトレーニングする方法はありますか?

塚本さん:今のところ、毎年1回、僕たちの講習を受けるだけなので、せっかく学んだことを忘れないように、2カ月に1回リーフレットを発行しています。「今年の講習では何をした」という振り返りや、「言語技術とは?」などをまとめたり、分析に使った絵を掲載したりして、復習のきっかけにしてもらうための活動です。言語技術の指導者として、「分かりやすく」「概要から詳細へ」などのルールに則って、練りに練って作りますから、かなりの緊張を強いられますが(笑)。

――パイロット以外にも興味をもつ方がいそうですね

塚本さん:客室乗務員が、「言語技術」の教育プログラムを見学にきたりしていますし、ほかにも導入を検討している部署があります。他社でも興味をもっている会社がいるようで、つくばの言語技術研究所を通して「どんな教育プログラムですか」という問い合わせがあり、お話ししたこともありますよ。

――高度1万メートルの上空で、パイロットたちが安全を守るために活用している「言語技術」というコミュニケーションスキル。地上の私たちにも役に立ちそうです。ありがとうございました