日本航空の全パイロットが、コミュニケーションスキルの向上のために受けているという「言語技術」教育。そのカリキュラムは、「対話」「説明」「分析」という3つのプログラムに分かれている。それぞれのプログラムの目的や役立て方について、「言語技術」の指導にあたる2人のパイロット、塚本裕司さんと金子幸市さんにお話を聞いた。
フライトの状況を使った訓練
――「説明」ではどんな授業をしていますか?
塚本さん:例えば、「フランス国旗について、まったく知らない相手に電話で伝えるとしたら、あなたは何と説明しますか」という例題があります。普通なら「フランス国旗といえば、青と白と赤で……」と言いたくなります。でも、説明のポイントは「概要から詳細に入る」こと。ですからこの場合、「横長の長方形で、それが縦に三等分されていて…」と、全体の形状から始めて、それから色の説明に入っていくのが正解です。
――一般の会社でも、このトレーニングはできそうですね
塚本さん:そうですね。僕たちはこれをアレンジして、実際のフライトを想定したトレーニングを作っています。例えば、キャビンクルーからの要請を、パイロットが地上スタッフに説明するシーンの例題です。
キャビンクルーからパイロットへの要請「機内に具合の悪いお客さまが発生しました。気分が悪そうで、着陸後も歩けそうもないので、空港に車椅子を用意しておいてください」
パイロットから地上への説明「車椅子を準備してください。機内に気分の悪い人が発生し、着陸後も歩けないようです。氏名などの情報は、まだ入っていません」
このように、概要(車椅子の準備)から理由に入ると、誤解がなく、短い時間で伝えることができます。
金子さん:飛行機はものすごいスピードで飛んでいますから、パイロットは限られた時間の中で、言いたいことを取捨選択しなくてはなりません。説明のトレーニングをすることで「短い時間で効率よく話そう」という意識が身につきます。この意識は、ほかの部署や会社でも有効だと思います。とくに会議では、「何分以内で発表して」ということがありますよね。そんなときも、このトレーニングをすれば、「その時間なら、これだけは伝えよう」と状況に合わせた対応ができるようになります。
目指すは"言語侍"
――説明のトレーニングをして変わった点は?
金子さん:雑誌や新聞の記事や、テレビのニュース番組で、ものごとをどんなふうに説明しているのか、ものすごく気にするようになりましたね。社内文書などの書き方も、「この書き方がベストか、正確か」と、じっくりチェックしてしまいます。
塚本さん:一緒にフライトする副操縦士は、僕の「言語技術」教育プログラムを受けた人かもしれないですから、話し方には非常に注意深くなりました。実際、言語技術を学ぶ前と後では、自分の話し方は確実に変わったと思います。
実は僕はかつて、コミュニケーションで失敗したことがあるんです。あるフライト中、気流の乱れで機体が揺れそうだと、事前に情報が届きました。それを機内電話でキャビンクルーに「前を飛んでいる飛行機からの情報で、この先、どのくらいの揺れが何分くらい続いて……」と伝えて、話があらかた終わったときに、「わかりました。それで、ベルトサイン(席について、シートベルトを着用してください、というサイン)はつきますか?」と質問されてしまったんですね。クルーにとって大事なのは、揺れのことよりもベルトサインがつくかどうか。それを最初に伝えれば、クルーは安心してほかの情報に耳を傾けてくれたな、と。
――「詳細から概要へ」になっていたんですね
塚本さん:この失敗にはすぐに気づきましたが、「言語技術」を学んだ後は、どんな順番で説明すればよかったのか、理論的に理解できました。
金子さん:緊急事態になればなるほど、時間がないはずですから、普段から、短く、簡潔に話すトレーニングをしていれば、どんな事態に陥っても、安全を確保できるんです。僕たちは講師ですから、どんなに難易度の高い内容でも、3時間と言われれば3時間喋れるし、5分と言われたら5分でも説明できるようになっていたいと思っています。目標は、どんなことでもスパッと説明できる”言語侍(げんござむらい)”ですね(笑)。
※次回は「それは"意見"か"事実"か?」。8月3日(月)更新です。