「もっとマーケットをセグメンテーションして……プライオリティを付けて、セールスフォースを集中して投入した方がいいと考えます」
入社早々の営業会議で、先輩のこのような発言を聞いた私は、「かっこいいな~」としびれてしまいました。そして、「自分も早く専門性を高めて、こういう話ができるようになろう!」と心に誓ったのです。
キャリアを重ねる中で、私の専門性も無事に高まってきました。そして、先輩のような専門用語をちりばめた話を、ところかまわず、相手かまわず、常に繰り出すようになったのです。しかしこれも、残念ながら、「しなくていい努力」だったのです。
ビジネスの相手は専門家とは限らない
「ショックやサスというより、アッパーマウントかもしれません。どちらにしても一回バラさないとわからないですが……バラすと、アライメントが狂いますが、どうしますか?」
車検に出した車屋さんの、若い担当者との電話のやり取りです。私は、20代の自分を見ているようで、思わず苦笑してしまいました。
私はどちらかといえばクルマ好きの人間ですので、何を言っているのか、かろうじて理解できましたが、もし、まったく車に興味のない主婦の方にこんな話をしたら、まったく何も伝わらないどころか、大クレームに発展するかもしれません。
学校では、先生は自分よりも専門性が高いので、このような話をしても大丈夫です。しかし仕事では、専門性の高い共通言語が通じるのは、社内の、同じ部署の会議くらいなのです。
同じ会社内でも、工場では、「ブランディング」も「ポートフォリオ」も、まったく相手には伝わりません。社外はもちろんです。主婦の方に、いきなり「ハイブリッド製法」とか「ブリックスが低くて」などのメーカーの専門用語で説明しても、相手はちんぷんかんぷんです。
先輩は、同じ部署での会議では、冒頭のようなカタカナの専門用語を多用した、ある種"手を抜いた"話をしていましたが、一歩外に出たら、相手にあわせた「より簡易な言葉使い」をこころがけていたのです。
レベルの低い人でもわかる話ができる人が、レベルの高い話し手
「『小学5年生にわかるような話』をするトレーニングを徹底的にしてください」これから社内講師として人前に立つことになる私に、プロの講師が言ってくれた金言です。
小学5年生は、大人の話が分かる、ギリギリのレベルの理解力を持っています。この「もっとも聞くレベルが低い人」にきちんと伝えられる人が、レベルの高い伝え手なのです。 だから、池上彰さんはレベルが高い伝え手として評価されているのです。世界経済を小学生に分かるように解説できるのですから。
どこでも、誰にも、専門用語を多用した話をしますから、20代の私の話は、結果的には当然相手には伝わりません。すると当時の私は、反省するどころか、(なんだこの人、レベル低いな……)と内心思い、伝わらなかったことを相手のせいにしてしまいます。そして時には、自分が勝った気になって、満足してしまうのです。
そんな「しなくていい努力」を続けた結果、当然、コミュニケーションはどんどん悪化し、トラブルの方が逆にどんどん増えてしまったのです。