「1度充電すれば1週間走行できて、なおかつ50万円で買える」こんな電気自動車(EV)が中国で大ヒットしています。EVといえばテスラの名前を思い浮かべる人がほとんどでしょうが、中国では五菱汽車が2020年に発売した小型EV「宏光MINI EV」がテスラを上回る人気となり、中国国内の全自動車販売台数で2位になったほど。この動きは販売台数でiPhoneを抜き去ったシャオミのスマートフォンの姿を見ているかのようです。
一見すると日本の軽自動車に見える宏光MINI EVですが、サイズは2,917x1,493x1,621mmと確かに軽自動車サイズ。なお日本の軽自動車は横幅が1,485mm以下と定められているので若干横幅がワイドです。「こんな自動車ではドライブに行くのは窮屈だろう」と考える人もいるでしょうが、そもそも宏光MINI EVはドライブに使うレジャー向けの車ではありません。日々の通勤や買い物に使う、街中での移動の足として設計された自動車なのです。
宏光MINI EVが売れている理由はその「足」に特化したからです。価格はエアコンなし、9.3kWhバッテリーで航続距離120kmのベーシックモデルが2万8,800元、約51万円。エアコン付きは3万2,800元、約58万円。そしてバッテリーを13.9kWh、航続距離170kmにした上位モデルが3万8,800元、約69万円です。エアコンなしは地域によってはちょっとつらいでしょうが、駅までの往復やスーパーへの買い物程度に使うなら十分かもしれません。また一度の充電で120km走れるのなら、1日17km程度ですから毎日の通勤や買い物にも週1度の充電で済むケースもあるでしょう。
コンパクトな本体ですが、内部は4シート構造。ただ後部はシート間隔が狭いので大人4人で乗るというよりも、子供のいる若い夫婦が家族で出かける用に使うのがいいかもしれません。また後部シートを折りたためば大きい荷物も入ります。ちょっとした荷物を運ぶことができるのも宏光MINI EVの特徴です。
本体のデザインはまだヨーロッパの小型車と比べると無骨な印象があるものの、小さいボディーにカラフルなカラーリングということで、ファッションの延長として自動車を欲しいと考える中国の女性消費者にも宏光MINI EVは受けています。インフルエンサーがSNSで宏光MINI EVと一緒に撮った写真をあげることも増えているのとのこと。自動車といえば最高速度や設備の豪華さ、外観をアピールする製品が多い中、宏光MINI EVは「かわいくて実用的な日常生活品」として人気を高めているのです。
2021年4月にはパントーンと提携し、マカロンをイメージしたポップな色合いの「宏光MINI EV Macaron」を投入。小型EVは生活ツールとして使える性能を持っているのは当たり前でありこれからは「色」で選ぼう、という大胆なバリエーションモデルといえます。このあたりも「何でもできるパワフルな製品」ではなく「必要十分なカメラにCPUを搭載し、デザインで楽める」という中国メーカーの低価格スマートフォンに似た空気を感じます。
さて「足」として使う宏光MINI EV、車内にはバッテリー容量や走行距離、速度がわかる大型のディスプレイが搭載されているほかは、目立った装備はラジオとUSB端子のみ。カーナビなどはありませんが、助手席でスマホ片手にナビゲーションしてもらえればいい、という割り切った設計になっています。つまり車内インフォテイメントシステムを搭載しない代わりにコストを下げているわけです。たとえば音楽を聴きたければスマートフォンをUSB端子に挿せば車内のスピーカーから再生できます。巷には「Android Auto」や「Apple CarPlay」といった自動車とスマートフォンを提携させるシステムもありますが、それに対応しなければ自動車を買わない、なんて層はそもそも宏光MINI EVのターゲットではありません。
なお最近のEVはスマートフォンアプリと連携できるものがほとんどですが、宏光MINI EVもスマートフォンから走行距離やバッテリー残量などを確認可能。地図アプリと連携して充電ステーションの検索なども可能と思われます。
低価格かつ地球環境にやさしい宏光MINI EV、今後グローバル展開されればスマートフォン同様に中国メーカーのプレゼンスが一気に高まるかもしれません。しかし自動車はスマートフォンとは異なり、人が乗って移動するツールです。高い安全性や信頼性も求められます。宏光MINI EVの衝突時の安全設計はまだ先進国に投入できるレベルには達していないと思われます。しかし今後、東南アジアやアフリカでも脱ガソリン・ディーゼル化が求められ、クリーンエネルギーの利用は世界規模で進むでしょう。そうなったときに中国メーカーの低価格EVは価格を武器に一気にシェアを奪うに違いありません。
日本では日産と三菱が軽自動車クラスのEV「IMk」を開発中で、2022年に発売予定ですが価格は200万円からと発表されています。航続距離も長く高性能なIMkと、生活の足として設計された宏光MINI EVを直接比較することはナンセンスとはいえ、その価格差は4倍。次世代自動車として最新技術を搭載した製品を開発することには大きな意義がありますが、若者の自動車離れも問題になっている昨今だけに、手軽に購入できて生活ツールとして使える宏光MINI EVのようなEVも日本メーカーには開発してほしいものです。