感覚で演じるスタイルから理論も考えるスタイルへ
──ノドを痛めてからも仕事は続けた?
はい。今思うと、いったん休んで回復させるべきだったと強く反省するんですが、その時は休みたくない、頑張れば何とかなると思っていました。でも頑張りとかでどうにかなるような程度ではなかったので、本当に判断を間違えました。
発声のコントロールが思うようにできなくなって、表現したいように声が出なくなったのは恐ろしいことでした。いきなり自分の前に壁が立ちはだかったような感覚でした。そんな時、これまでの声優人生を振り返って、「ああ自分は声の演技がこんなに好きだったんだ」とあらためて気付いたんです。
──自問自答することで気が付いた。
ええ。「ここで諦めたくない。声の演技をしたい」と強く思ったんです。それなら、この状況を打開するためにやれることはぜんぶやってみようと思って、ボイストレーニングや演技の勉強をイチから始めました。
──例えば、どのような勉強を?
何人かのボイストレーナーの先生に付いて、また自分でもトレーニングメニューを作って、発声の基礎から勉強しました。演技については、演技や演劇や声の使い方にちょっとでも関係があると思ったものは片っ端から入手して研究しました。アメリカやイギリスの演劇の本も取り寄せたりしました。肉体トレーニングや体の使い方の訓練も並行してしていました。声を出して演じる楽器としての身体訓練です。
そういった声と演技と体のトレーニングメニューを、仕事の合間に日々、10年くらい続けていました。時間はかかってしまいましたが、そうやって徐々に、訓練された声での新しい発声方法を身につけられるようになったんです。
──10年……!
はい。その間は本調子とは言えない状態で、色々ご迷惑をおかけした作品もあって、今も本当に申し訳なく思います。それでも仕事をさせてくださった方々には本当に感謝しているんです。仕事をしながら声と演技の勉強ができたことで、学んだことを次の役作りで活かせることもあって、演技でも発声でも新しい発見ができたり、新しい技術を身に付けられたりしました。
試行錯誤ですが、日頃の勉強を役作りに活かせるようにと常に考えてトライするようになっていきました。その結果、以前のような感覚的に発出する演技から、セリフの意味を考えて論理的に構築していく演技に、自分のスタイルは変化したと思います。
暗闇のなかで見つけたもの
──思ったように声が出ないなかで、仕事とトレーニングを10年も並行して続ける。精神的にも肉体的にも相当にしんどかったのではないかと思います。
自分で自分のことをしんどいと思うのに抵抗がありました。「平気平気」、みたいに思いたいタイプなんでしょうね。実際は全然、平気な状態ではなかったですが。諦めたくなくて声と演技の勉強をし直したと言いましたが、出口が見えなかったので気持ちとしてはずっと不安ではありました。
でも、あの時はやれることをやれるだけやってみるしかなかったんですよね。この経験は、結果的に、演技者としてもひとりの社会人としても、大きな転機になりました。特に、試行錯誤で訓練を続けていく中で、演技の魅力、技術の大切さ、そして勉強することの面白さを知ることができたのは大きかったです。
──変な話ですが、声帯炎になったことを後悔はしなかった。
いえ、ならなければいちばんよかったと思いますよ、しんどかったですから(笑)。でも、ならなければ、おそらく今とは違ったタイプの声優になっていたかもしれませんね。振り返ると、声帯炎になったことはあの時期の自分にとって必要な壁だったんだろうなと感じます。発声の方法だけでなく、演技の構築の仕方や仕事への向き合い方も考えて行えるようになったので、「あの時、壁にぶつかったのは演技者である自分には必要な転機だったんだ」と思っているんです。
壁にぶつかったことで、「勉強することの面白さ」を知った佐々木。この経験が、のちに東京大学の受験にも繋がることになる。次回の中編では、トレーニングによって新しい発声方法を身につけてからの仕事面での変化について。そして後編では、東京大学受験を決めた理由と就職・転職に悩む方々へのアドバイスについて語ってもらった。
中編へ続く
佐々木望 書き下ろし書籍情報
著者 : 佐々木 望
出版社 : KADOKAWA (2023年3月1日)
発売日 : 2023年3月1日
単行本 : 304ページ