デビュー当時は何十回もNGを
──先ほど声優デビューに至るまでをお話いただきました。実際にアフレコを経験してみていかがでしたか?
最初の頃はぜんぜんできなかったです。演じる以前に、マイク前で台本を読むのがやっとで。短いセリフもろくに言えないんです。後ろには先輩方がズラッと座られていて、自分が間違えるたびにお待たせしてしまうので、どんどん萎縮して余計に喋れなくなっていました。何十回もNGになることがしょっちゅうでした。
──苦い経験ですね……。
デジタルの時代の今は部分的に録り直すこともできますが、映写機とアナログのテープを使っていた当時はピンポイントで録り直すことが難しくて。そうなると、場合によっては他の方も巻き込んでワンシーンをまるごとやり直すことになるんです。自分のせいで先輩方にも何度も芝居をしてもらうのは、申し訳ないやらおそろしいやらで……。
──新人だからできないことも当然多いとは言え、先輩に迷惑をかけていると思うと……。
もう、毎回自分にがっかりしながら家に帰っていました。同じ事務所で少し前にデビューしていた林原めぐみさんや天野由梨さんといった同世代はすごく上手で堂々としておられて、「すごいなあ」と思っていました。
──元々は目指そうと思っていなかった芝居の世界。肩身の狭い思いをしながらもやめようと思わなかった理由は?
声で演じること、自分ではない誰かとして生きることがただただ面白かったんです。上手くできないとか、そこは置いといて。キャラクターに声を吹き込むというのは、ある意味でそのキャラクターと命や人生の一部を共有することになるんですよね。子供の頃から本や映画のストーリーに囲まれて、登場人物を内面化して育ってきたような自分にとって、自分ではない誰かの人生を生きられるという声優の仕事はすごく魅力がありました。
──私はライターとして働くなかで、何度も「お前は向いていないよ」と言われました。仕事が上手くいかなくて落ち込むことも多々あります。それでも続けているのは、この仕事が面白いと思っているからだと、すごく感じていますね。
ライターさんが面白さを感じるのはどういうときですか?
──私にとってはですが、読者の方からの反響は大きいです。「こういう話が聞きたかった」「自分では言語化できなかったけども、こういうことを伝えたかった」という読者の方のお声を聞くと、やっていてよかったな、何かを残せたなと思えるんです。それが達成感であり、面白さかなと。
見てくださる方に何かを感じてもらえるというのは、すごく嬉しいことですよね。私も、視聴者の方や作品のファンの方からの感想や反響はとても励みになっています。
ターニングポイントとなった作品
──どの作品も思い出深いとは思いますが、ご自身のなかでターニングポイントになった作品をあえて挙げるとすれば?
本当に、どの作品も思い出深いですね。初期の転機となった作品をあえて選ぶなら、ひとつは『鎧伝サムライトルーパー』でしょうか。キャラクターだけでなく声優への注目度も上がって、自分の置かれた立場や、環境や、仕事の状況が激変することになった、大きな意味をもつ作品です。
──最近は声優さんがテレビ番組に出たり、ゴシップ誌で取り上げられたりすることも増えましたが、当時はそこまで脚光を浴びる職業ではなかったかもしれません。その中でも『鎧伝サムライトルーパー』は作品と声優人気でメディアが大きく取り上げたという話を聞きます。
ええ、あの頃の声優人気は、「声優ブーム」とか「声優現象」と呼ばれたりもしていましたよね。それとは別の意味で転機になったのが、同時期の作品の『AKIRA』です。『AKIRA』の鉄雄役は、デビューして1年経っていないくらいで抜擢いただいた役でした。プレスコといって先にセリフを収録して後から絵を付けるやり方で、だから絵の口パクに合わせなくてよくて、ブレスも間も自分の感覚で喋ることができました。
広いスタジオで動きながら喋ることもあったりして、アニメのセリフを録っているというよりは舞台に出て喋っている感覚でした。監督の大友克洋先生も音響監督の明田川進さんも、「感じるままにやってみなさい」というふうに自由に演じさせてくださって、共演の岩田光央さんや小山茉美さん、石田太郎さん、玄田哲章さんといったベテランの方々と、『AKIRA』の世界の中で本当に生きている人同士としてセリフをやり取りできたことは、新人だった自分にとってはすごく刺激的で、すごく成長できたと思っています。
30年以上前に作られた作品ですが、ずっと世界中で注目されてきて、ずっと日本を代表する劇場アニメのひとつであり続けていますよね。昨年はインドの新聞社から『AKIRA』についての取材を受けました。
──放映後に生まれた子たちにもファンが多い、アニメ史に名を刻む名作ですね。
その他にもたくさんの作品に、デビューして間もないうちから出させていただきました。本当にありがたいことです。いろいろな役を演じるうちに、役に応じて演技を工夫してみたりする余裕も少しずつですが生まれて行ったと思います。演じることがどんどん楽しくなっていきました。そうやって順調に仕事させていただいていましたが、30代半ばの頃に仕事でノドをハードに使う日が続いたことで、ひどい声帯炎になってしまいました。
何か特定の作品でということではなく、色々重なった時期だったんです。で、それまでノドはノートラブルだったので、声のメンテナンスの仕方が分かってなかったんですね。大ごとだとも思いたくなくて、「しばらくすれば治るだろう」と過信してしまいました。でも、ほっといても良くならなくて、仕事にも関わるので結局病院で診てもらうと、声帯に負担がかかる発声を治さないと、これから先も声帯を傷めることになると言われました。
前編その3へ続く
佐々木望 書き下ろし書籍情報
著者 : 佐々木 望
出版社 : KADOKAWA (2023年3月1日)
発売日 : 2023年3月1日
単行本 : 304ページ