「利益が出ない」などの理由から新規事業が打てず、硬直してしまっている企業は多いのではないか。だが、ベンチャーなら早さが信条。連載「先鋭ベンチャー LOCK ON!」では、奮闘するスタートアップの姿をレポートする。
R 65 不動産代表・山本遼さん。1990年愛媛県生まれ。愛媛大学卒業後、新卒で愛媛の不動産会社に就職。転勤のため上京した後、社会人4年めで独立。「65歳以上の元気な高齢者」に特化した不動産仲介業を手がける。「ギリギリまで薬剤師として働いて78歳で亡くなった祖母の姿も、起業に影響を与えました」 |
R18(18歳以上)とかR15(15歳以上)など、映画やゲームといったコンテンツに適した年齢制限を表すときに使う「R(Ratingの頭文字)」の表記。
その「R」を冠したユニークな企業が2015年創業した「R65 不動産」だ。文字どおり「65歳以上」に特化して部屋探しを手伝う不動産会社。とはいえ、有料老人ホームやサービス付高齢者向け住宅(サ高住)といった支援を必要とする人向けの部屋探しではない。ワンルームや1LDKなどいわゆる普通の賃貸物件のなかで「高齢者OK」な部屋を探し、仲介するサービスである。
「当然のことですが65歳以上の高齢者でも、支援など必要ない方はたくさんいる。一方で『高齢者』『シニア』というと十把一絡げにされて、途端、部屋が借りにくくなるという現実があった。このミスマッチを埋めているわけです」と、創業者の山本遼さんはいう。 R65とは程遠い、平成生まれの27歳。しかし、65歳以上をターゲットにこのビジネスを立ち上げた。モチベーションのひとつは「共感」だったという。
「“ゆとり世代は……“と、ひとくくりにされてきましたからね(笑)」(山本さん)。
将来、『おじいちゃん』と呼ばれたくなかった
起業に至ったきっかけは前職時代。新卒で入社した不動仲介会社での3年めの頃、接客した80代の女性に「これまで5軒の不動産会社で門前払いされた」といわれたことだった。
「その女性はとても元気そうで、お金もあった。けれども“高齢者”というだけで、大家さんから『家賃を払えるのか?』『火事などを出さないか』『孤独死するのではないか?』とリスクが高いと判断されたわけです。裏を返すと『なるほど、こうした元気な高齢者向けの賃貸紹介のニーズは高いんだな』と実感しました」(山本さん)。
もっともビジネスチャンスに気づくより先に感じたのは“違和感“だった。「高齢者」というイメージだけで、ことさらネガティブに判断される。それは「ゆとりw」などと揶揄される教育を受けた自分たち世代のレッテルとまさに重なったからだ。
大学4年のときのインターンの経験も後押しした。2011年、山本さんは東日本大震災のあとに陸前高田で復興支援をする会社社長のもとで働いた。厳しい現実の中にいながらも「よりよい未来ためのチャンスだ」とポジティブに地元の雇用を生み出そうと動く姿に触発された。
「ちょうど『社会起業家』が注目された時期で、彼らがすごくかっこよくみえました。自分も世の中の課題を解決するソーシャルビジネスを手がけたい憧れもありました。そんなとき、まさに身近に高齢化問題という課題が出現。もっといえば自分が年をとったときに『高齢者だから……』と一緒くたにされ、住みたい場所に住めないのはイヤだったのです。『山本さんは、どんな部屋に住みたいですか?』と聞かれ、選べるようにしたかったんですよ」(山本さん)。
そして2015年5月、会社勤めをしながら、ウェブ上に65歳以上が入居可な賃貸物件を集めた情報サイトを立ち上げた。サイト名を「R65不動産」とした。ネーミングについてのこだわりもあった。
「シルバーとか高齢者とか、何となくネガティブな“色”のついた名前にはしたくなかったのです。僕ならいくら自分たち世代向けでも『ゆとり不動産』から借りたくないから(笑)」(山本さん)。
最初はあくまで趣味の延長。半年ほどはアクセスもさっぱり増えず、問い合わせもほぼゼロだった。考えてみれば、メインターゲットがシニア層。なかなかネットで検索してもらえなかった。
「R65不動産」のウェブサイト。サイト上にも不動産情報は公開しているが、問い合わせをうけてマッチングするケースが圧倒的に多いという。「お客さまが高齢者なので『物件情報をメールで送る……』というわけにもいかず、よくてファクス、あるいは郵送ということがほとんどですね」 |
しかし「取材させてくれ」とウェブメディアから声がかかると潮目が変わった。その記事を見た看護師や医師や理学療法士といった医療関係者、また自治体の職員から「部屋を探している高齢者の方から相談を受けていて……」と紹介が入るようになった。
「ジワジワとはいえ、部屋を借りたい高齢者のお客さまが次々に集まりました。今はそうした医療関係者や行政のチャネルだけじゃなく、ネットをみたご子息さんからの『親の部屋を借りたい』という問い合わせも多いです。ようは、それくらい部屋を借りられないぐらい、状況が深刻だったわけです」(山本さん)。
こうしてニーズに引っ張られる形で、山本さんはこの事業に本腰を入れることを決意。その年には会社を辞めて、独立した。基本は不動産仲介料をフィーとして受け取るビジネスモデル。現在は借り入れ物件も持ち、40室ほどは管理物件にもしている。そして経営が安定したことで、去年からは法人化したわけだ。
それにしても、先述したような「家賃を払えるのか?」「火事は大丈夫か?」「孤独死するのでは?」という物件の大家や不動産仲介会社が抱える課題をどうクリアしているのか。つまり高齢者が借りられる物件が少ないというそもそものハードルを、山本さんは、どのように乗り越えているのか。
「リスクに対して、シッカリと準備することが大切です」(山本さん)。
「体調どう?」と声がけできる関係性を築く
「高齢者に貸してもよい」という新規案件を探すと同時に、前職からつきあいのあった大家や不動産会社に声がけして、紹介物件を確保している。その際に欠かせないのが、大家の不安を解消するための2つの「準備」だ。
ひとつはまず「保険」。
繰り返しになるが、物件オーナーが、高齢者への賃貸を避けたがる大きな理由は「契約中に亡くなる可能性が高いのではないか?」という不安だ。とくに独居の場合、亡くなったあとの発見が遅くなり、特殊清掃などを入れざるをえなくなること。このコストが、大家にとって高齢者入居を躊躇させるハードルになる。
「そこでリスクを軽減するため、しっかりと入居者側に保険に加入してもらうようにしたのです。実は、火災保険の特約契約などでけっこうカバーできます。独居老人の場合は遺族に負担を頼むことも難しいのですが、保険なら問題ありません」(山本さん)。
そして、もう一点の準備が「入居者と密なコミュニケーションをとる」ことだ。山本さんは、意識的に入居者と大家と会わせて、契約前の面談を実施している。
入居者の健康面などで不安を抱く大家でも実際に顔をあわせ「80代には思えなくらい元気だ」とわかるだけでも、まず不安が解消される。さらに「R65不動産」で借り上げている物件もいくつかあるが、その入居者に関しては、山本さんを介して三者で食事やお茶などを飲みながら、「住んでみて何か困りごとは?」「最近、体調はいかがですか?」などと、言葉を交わす場を用意する。
「こうして関係性ができると、その後も定期的に体調や相談ごとなどのコミュニケーションが生じます。すると『いま調子が悪い』『それなら病院いってみたら』とか、『万が一のときはここに連絡をしてほしい』といった突っ込んだ会話が自然に交わせるようになります。自然と“見守り”ができるようになるのです」(山本さん)。
こうしたコミュニケーションが「亡くなったあと発見が遅くなる」といったリスクを低減されるのだ。
それでも「責任が持てない」「不安だ」という場合は、山本さんが連帯保証人になる場合もあるという。入居者の部屋探しの際に、密なコミュニケーションを図るため、「この人は滞納しないな」とか「どれくらい財産に余地があるか」とかが判断しやすい。
結果として、「それなら安心できる」と「R65不動産」には多くの65歳以上OKな物件が集まる。また「関心がある」という不動産会社、大家からの問い合わせも絶えないという。 「まだまだ数十名お待ちいただいている状態で、すべての方のニーズを満たすには足りません。ただ、少子高齢化は今後も進み、高齢者の方への物件提供に興味を示す大家さんや不動産会社が増えていくことは間違いないと思います」(山本さん)。
経済合理性にもとづいて形成された現代社会では、地域コミュニティ、家主と入居者のコミュニケーションがスポイルされがちだった。病院で亡くなることが増え、生活者と「死」の距離が離れた結果、ことさら死に畏怖の念を抱く人が増えた感もある。こうしたコミュニケーションの欠如が、高齢者の物件探しを困難にしている最大の理由。山本さんは、そんな関係性を新たに構築することで、このビジネスを成功に導いたのだ。
「懐かしい未来を」――。
陸前高田で地域の復興を手伝った際、山本さんはリーダーを務める起業家たちのそんな言葉にカッコよさを感じたという。「昔はよかったよね」と壊れたものをただ懐かしむのではなく、これから100年後にも残したい「昔よかったものを未来につくろう」という意気だ。
山本さんが「R 65不動産」で目指しているのも、きっとそれだ。