「利益が出ない」などの理由から新規事業が打てず、硬直してしまっている企業は多いのではないか。だが、ベンチャーなら早さが信条。連載「先鋭ベンチャー LOCK ON!」では、奮闘するスタートアップの姿をレポートする。

スキャニングからはじまる靴作り

「すわ! ものづくり革命か!?」と数年前、一世を風靡した3Dプリンタ。そのビッグウェーブに乗り遅れまいと3Dプリンタを購入、したはいいけれど、今や部屋の隅でホコリをかぶっている……という人や企業は多いだろう。

そんな中、3Dプリンタを主軸にしたこれまでにないビジネスモデルを確立。顧客が殺到し、「納品まで4カ月待ち」という状況を生み出しているのが、東京・市ヶ谷に本社を持つ株式会社「ミリメーター」だ。

同社が手がけている事業は「女性向け靴のオーダーメイド」。オーダーメイド靴は、まず顧客の足を測定、それを元に原型となる「木型」をつくる作業がもっとも手間かつ、大事な作業だ。

「ミリメーター」は、ここに3Dプリンタを使った。

まずメジャーで測っていた足の計測作業を3Dスキャナで代用。正確無比な足のカタチを、わずか数分で3Dデータ化する。この3Dデータを靴に置き換えて修正し、3Dプリンタでプラスチック製樹脂の「木型」として出力。一人ひとりの足にピタリとフィットする木型を完成させる、というわけだ。

木型づくりは、これまで手作業で1カ月以上はかかったが、「ミリメーター」ではわずか2~3日でできあがる。以降の靴作りの作業はこの木型をもとに、やはり職人の手作りとなるが、そこに至る前に大幅にスピードアップできるうえ、生産コストも下がる。結果、普通なら15~20万円は下らないフルオーダーの女性用靴が8万円程度。おおよそ半額で手に入ることになる。

ミリメーター代表取締役・粕谷孝史さん。大学卒業後、大手コンサル会社を経て、2016年に3Dプリンタを活用した女性向けオーダーメイドシューズ事業「ミリメーター」で起業

パンプスなどをはく女性は、靴と足型があわないせいで骨が変形、外反母趾などの痛みをともなう症状に悩んでいる人が多い。こうした女性たちにとって「デザイン性が高いうえに価格を抑えたオーダーメイド靴」は、満たされないニーズを埋めてくれるものだった。だから「ミリメーター」に女性客が殺到。今年1月の正式オープンからオーダーがひっきりなし、という状態になった。

「せっかくオーダーから完成までのスピードアップを図ったのに、注文が集中してしまったことは申し訳なくて……」と「ミリメーター」を立ち上げた、代表取締役社長の粕谷孝史さんは苦笑する。「それでも社会に直結している課題が我々の技術で貢献できることが何よりうれしい」(粕谷さん)。

“雇用を減らす”仕事から”増やす”仕事に

前職は、大手コンサル会社に務める経営コンサルタントだった。

流通業をメインに、IT化で生産性をぐんとあげ、クライアントの収益アップに貢献するのが仕事だった。クライアントには満足されたが、粕谷さん自身は満足していなかった。

「ITを導入して業務を効率化した結果、余剰した人員をほかの投資に回すならともかく、一流の大企業ですらリストラする。企業にとってそれは正しい判断だったとしても、業界全体や日本全体に視座をあげると『雇用を減らす』ことでしかない。もっと日本のためになる、雇用を増やすような仕事がしたいと考えるようになっていたんです」(粕谷さん)。 一方でコンサルの仕事をする中、社会が成熟すると同時に人口減が進んだ日本では、一人ひとりの趣味嗜好に従って商品やサービスをオーダーメイドのように選別して示す「ワン・トゥ・ワンマーケティング」がどんな業界でも不可欠になる、という思いを強くしていた。

「新規顧客を得るのは難しい。いかに長く深くお客様とつながるのかが大事……という時代にこれまで以上になるでしょうからね。コンサル先にも『お客様の好みは指紋と同じ。人によってまったく違うんですよ』なんて話していましたね(笑)」(粕谷さん)。

そんなとき、3Dデータをそのままカタチにできる3Dプリンタの技術を知った。まさに一人ひとりの要望にあった、“ワントゥワンマーケティング的ものづくり“ができる新技術だった。

では、それにハマる製品とは何か?――

考えた結果、「靴」にたどり着く。正確にいうと「足」だ。

「ヒトの骨って、全部で約208本あるとされますが、実は足首から下だけで52本もあるんですね。体全体の1/4。ようはそれほど足は複雑にできていて、人によって最適な靴のフィット感も違う、ということ。それこそ指紋のようにね」(粕谷さん)。

これだけ個性がある中、既製品が蔓延している業態はどうなのか? きっと究極のオリジナル性を3D技術で解決できる。完全オーダーメイドの靴づくりができれば、こうしたニーズが必ず埋められると考えた。さらに靴業界を調べると、「靴職人」の活躍の場が極めて少ないことも粕谷さんのモチベーションになった。

木型づくりから革の吊り込みや手縫いなど、靴職人は本来、靴づくりの工程すべてを手がけるものだ。しかし、今求められているのは安価な既製靴。靴職人の技術を身につけた人も、とにかく安く、早く靴をつくるために分業化された“いち工程“だけを手がけるようになっていた。靴職人という職業そのものが消滅するかもしれない危機感を感じていたわけだ。

「しかし、実際は足にフィットしない既製靴をむりやりはいて足の痛みをガマンしている女性が多いわけですよ。それならば、3Dプリンタで効率化と低コスト化をはかった靴作りができれば、安くオーダー靴が提供できる。それが靴に悩みをもつ方のニーズを増やすとともに、靴職人の方々の新しい活躍の場を増やす。雇用を増やすことになると考えたわけです」(粕谷さん)。

粕谷さんは当初、これを勤めていたコンサル会社の新規事業として提案したが、「市場規模が知れている」と却下された。そこで職場の仲間と数名で起業の道を選んだ。それが2016年。もっとも、今にいたる3Dプリンタで木型をつくり……というスキームは、それ以前、5年ほど前から考え抜いて生まれたものだったという。

「ミリメーター」の木型づくりの模様(左)。社内の3Dプリンタで世界にひとつの足型がみるみるできあがっていく。完成したオーダーシューズの見本(右)。優れた靴職人の手により、履き心地がいいうえ、デザイン性の高いパンプスなどが作られる

実は、この事業を考えるに際して、まず自らオーダー靴づくりの工房に入学し、夜間や休日を利用して、まるまる2年じっくりと靴づくりを学びながら、模索していたのだ。

「コンサル時代から『現場を知らなければ、みえないことがある』というのが信条。だから経理のシステムを改善するときでも、必ずまずは伝票書きからやらせてもらったりしていた。正直、ヒアリングしても誤解や勘違いは誰にでも存在する。現場で自分の目でみれば嘘はない。『やるべきことと、やらなくていいこと』が鮮明に見えてくる。そもそも靴の知識がないと、どこをどこまでIT化できるかもわかりませんから」(粕谷さん)。

靴作りの“現場“を学んだことは、粕谷さんに知識を得る以上のメリットも与えた。木型が完成してから、実際の靴作りをするのは先述通り、靴職人の仕事。この靴職人の人脈を得られたことだ。実は、工房で講師を勤めていた、「靴業界の伝道師」とまでいわれ、チャコットのシューズアドバイザーも手がけている酒井満夫さんが技術顧問として「ミリメーター」に参画してくれた。

「3Dプリンタを活用して、もっと気軽に誰もがフィット感を味わえる靴をつくりたい」とほかとは一線を画すモチベーションで学びにくる粕谷さんを、前々から気にかけると同時に、靴職人の活躍の場を拡大させる新しいビジネスモデルに、魅かれたためだという。

「酒井さんが参加してくれたことで、また多くの腕のいい靴職人の方々が『自分も手伝いたい』と手をあげて、ネットワーク化できたことはとても幸運でしたね」(粕谷さん)。

こうして3Dプリンタは靴職人のワザと出会い「ミリメーター」が生まれた。社名は「ミリ単位」で靴のフィットを実現する、という会社の姿勢を表したものだ。そして、足が痛くならない、しかし、おしゃれな靴を求めていた大勢の女性たちの支持を得られるようになった、というわけだ。

現在は、市ヶ谷本社の工房に来店して足を測定。3Dデータ化するが、近い将来には宅配型の3Dスキャナーを導入。家にいながら足型がとれるような仕組みを考えているという。そうなれば、さらに気軽にオーダーメイド靴を頼めるようになる。靴職人が活躍する場も広がる。さらに遠い将来は「海外の靴職人もネットワーク化したい」という。

「東京の自宅でとった足型の3Dデータをイタリアへ送信。現地で木型を3Dプリンタで出力し、イタリアの職人が靴をつくる……そんな世界になればいいなと考えている。今はまだ冗談にしか聞こえないかもしれないけどね。けれど多くのイノベーションを起こした革命家は、周囲が笑っていても、構わず未来を見続けていただろうから」(粕谷さん)。

靴作りの最前線に立つ粕谷さんは、そんなイノベーターと同じ匂いを感じた。“現場”に立たないと、みえてこないものは確かにある。裏返せば、それぞれの現場に、イノベーションのタネはきっとあるのだ。