自ら会社を立ち上げ、これまでに8社のベンチャーキャピタルと事業会社2社の合計10社から、総額3億円を超える資金を調達してきた伊藤一彦氏。自社の経営だけではなく、中小企業診断士として企業支援やベンチャーキャピタルの資金調達にまつわる執筆もされています。
本連載では、現役経営者である伊藤氏が、これまでの経験をもとに、ベンチャーキャピタルからの資金調達についてリアルな現実を語ります。
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「お金が必要だから。」これは、もちろん、その通りである。しかし、投資でなければならないのか。そもそも投資を受けるということは、第三者が株主になるということである。「会社は誰のものか?」という議論はさておき、会社の一部は株主のものであるという表現であれば誰からも異論は出ないであろう。したがって、投資を受けるということは「会社の一部を売る」と言い換えても過言ではない。
それでは、なぜ、経営者は、とても大切な会社の一部を売ってまで投資を受けるのかを考えていきたい。また、今回は、資金調達を目的とするため、業務提携などを目的とした事業会社からの投資ではなく、ベンチャーキャピタルからの投資を中心に述べることにする。
まず、少しずつ成長していくことができるのならば、どこからもお金を調達する必要はない。売上をあげて、利益を出して、税金を払う。残った手元のお金で投資をして、また売上をあげて、利益を出す。こんなサイクルで少しずつ成長していけば良いのである。
しかし、現実にはそう簡単には進まない。事業が上手くいかなくても、順調に行き過ぎてもお金は必要になる。事業が上手くいかなくてお金が必要になるのはわかりやすい。売上があがらないのに費用はかかるのでお金がなくなっていくのである。でも、順調に行き過ぎてもお金は必要になる。売上が急に増えると、それに対応するためのお金が必要になるのである。
前回に引き続き、リンゴで例えると、あなたは今80円持っている。1つ80円のリンゴを仕入れてきて100円で売ると20円儲かる。次のお客様からは、2つリンゴが欲しいと言われた。しかし、あなたには、2つのリンゴを売ることはできない。なぜなら、あなたの手元には100円しかないので、2つのリンゴを仕入れるお金(80円×2=160円)が足りないのである。
リンゴを2つ売るためには、主に3つの手段がある。
(1) 1つずつリンゴを売って160円まで貯める。
(2) お客様から先にお金をもらう。または、仕入先に後でお金を払う。
(3) お金を調達してくる。
(1)では時間がかかりすぎる。(2)の交渉にはお客様も仕入先も応じてくれなかった。そんなときに(3)のお金を調達してくる。という手段が有効になるのだ。
これらの必要なお金を調達していくために、まず考えられるのは、銀行や信用金庫などの金融機関からの融資(借り入れ)である。銀行や信用金庫などは、過去の実績や保有している資産などをもとに融資できる金額を算定することが多い。つまり、売上のほとんどあがっていないベンチャー企業が多額の融資を受けることは非常に困難である。創業間もないベンチャー企業が受けられる融資の金額は多くても数千万円だろう。さらに、融資は借りたお金を利息とともに毎月返済していく。したがって、借りたお金を全額使うことも難しい。つまり、実際に使えるお金は数百万円程度になることが多い。
その融資を受けられる金額の範囲を超えて、事業を成長させていきたいとき、ベンチャーキャピタルからの投資が必要となる。具体的な金額では1億円を超える調達のときにはベンチャーキャピタルからの投資も検討することになる(ただし、近年ではスタートアップの段階における数百万円からの投資も増加している)。しかも、投資は、融資のように月々返済していく必要もないし、利息もない。さらに、ベンチャーキャピタルからの出資を受けることで資本金も増え、第三者の株主が入ることで企業の信用力も高まる。新規取引における信用調査に頭を悩ませる回数も減る。
そのように考えると投資は良いことばかりのように思えるが、投資を受けるためには条件がある。それは投資を受けてから数年のうちに、株式上場(IPO)、他社への売却、経営陣で買い戻すなどの方法で株式の現金化が可能なことである。なぜなら、ベンチャーキャピタルからの投資の多くはファンド出資と呼ばれるものだからである。ファンドとは複数の出資者からお金を募り、それをベンチャー企業に投資する。ファンドには期限が設けられており、主に10年程度の期間が多い。したがって、出資を受けてから10年以内での出口(イグジット)を求められる。その出口(イグジット)とは、投資を受けた株式を、株式上場、他社への売却、経営陣で買い戻すなどの手段で現金化をすることである。
投資を受けるときには、必ず、この出口(イグジット)に向けた目標を明確にしておかなければならない。逆にいうと、この出口(イグジット)が描けない企業は投資を受けることができない。いや、受けるべきではない。この出口(イグジット)ができずにファンドの期限を向かえてしまい苦労してきた企業を数多くみてきた。当社も最初に受けた投資は我々経営陣で買い戻すことになり、非常に苦労をした苦い思い出がある。
したがって、投資を受けるということは「会社の一部を売る」という覚悟をもって臨まなければならないのである。また、投資を受けた時点でベンチャーキャピタルは株主となり、株主総会にも出席できる権利をもつ。また、投資をする際の契約内容に応じて、企業の経営に意見する権利を持つのである。そして、必ずしも、お金の使い方について経営者と同じ意見ではないこともある。
これらの覚悟をもったうえで、それでも企業を成長させていきたいと真剣に考えたとき、経営者はベンチャーキャピタルからの投資を受けるのである。
伊藤一彦
1974年大阪生まれ。1998年大阪市立大学を卒業後、日本電気(NEC)入社。ベンチャー企業を経て、2002年営業創造を設立。2012年スマイル・プラスをグループに迎える。2016年にグループ全社を統合し、BCC株式会社代表取締役社長に就任。経営の傍ら中小企業診断士として公的機関での中小企業支援をおこなう。著書「【新訂3版】バランス・スコアカードの創り方(同友館、共著)」「ベンチャーキャピタルからの資金調達〈第3版〉(中央経済社、共著)」