グローバル化が進むにつれ、業種業界問わず、ビジネスパーソンの活躍の場は世界の隅々にまで広がっています。今後、会社から海外出張や長期赴任を命じられる可能性は、誰にでもあるでしょう。
ただ、一歩海外に出ると、日本にはない病気が発生していたり、感染の危険度が高い病気があったりする場合も。そんなリスクから身を守る一つの術がワクチン接種です。
そこで今回は、トラベルクリニックも開設しているナビタスクリニックの久住氏に、ビジネスパーソンが知っておきたい海外渡航のためのワクチンについて、詳しく教えていただきました。
海外に行くならワクチン接種
海外渡航者の予防接種=トラベルワクチンは、渡航先、渡航期間、渡航形態、自身の年齢、健康状態、予防接種歴などによって必要なものが異なります。
では具体的に、トラベルワクチンにはどんなものがあって、どこに行くときに接種が必要なのか、久住氏に伺いました。
「東南アジアの国々に行く場合、A型肝炎、腸チフス、日本脳炎、狂犬病などの予防接種を受けることが推奨されています。中南米、南米、アフリカの熱帯地域の国々だと、これらのワクチンのほか、入国時に黄熱病の予防接種証明書の提示を求められる国(地域)があるので事前のチェックが必要です。
そして西アフリカや中央アフリカへ行くなら、ワクチンではありませんが、マラリアの予防薬についても考えておく必要があると思います」。
こうした予防接種は、すべてを一度に受けられるわけではありません。スケジュールを立てて、計画的に接種する必要があると久住氏は言います。
「トラベルワクチンの接種には、渡航前、最低4週間ほどの時間を確保してください。1カ月以上あれば、必要な予防接種をすべて済ませてから、安心して渡航することができるでしょう。
ただ、ご家族を帯同される場合、特に小さいお子さんは定期の予防接種もありますので、渡航が決まったら、できるだけ早めに医療機関を受診、相談してください」。
また最近は、海外出張や赴任に伴う予防接種については企業が費用を負担してくれるケースも多いので、渡航が決まったらまずは会社に問い合わせてみるといいと久住氏はアドバイスします。
旅行でもワクチンを受けるべき
一方で、トラベルワクチンは、本来は旅行の場合にも受けておいた方が良いと久住氏は言います。
「例えば、A型肝炎は水や食べ物で知らないうちに感染しますし、B型肝炎は体液を介してうつる病気ですが、汗や唾液、ほんの少量の血液からも感染する可能性があります。A型肝炎ワクチンは、添付文書には1シリーズの接種で効果は5年ほどと書かれていますが、実際には40年ほどもつのではないかと言われています。
B型肝炎も、1シリーズ打っておけば、ワクチンの効果はかなり長いと考えられています。予防接種は、自分自身を感染症から守るだけでなく、周囲の人への二次感染の防止という役割もあります。予防可能な感染リスクを防ぐためにも、たとえ短期の旅行であっても、行き先に応じた予防接種の検討をお勧めします」。
トラベルワクチンはトラベルクリニック・旅行外来・渡航外来を設けた医療機関や検疫所で接種することができます。事前に問い合わせをしてから受診してください。
インフルエンザが夏にはやる理由
日本では、「インフルエンザ流行のピーク」は12月から3月頃が一般的でした。しかし近年、夏にインフルエンザにかかる人が増えているといいます。それはなぜなのでしょうか。
「インフルエンザは、実は東南アジアなどの熱帯地域においては、一年中ある感染症です。ですから、GWや夏休みに海外に行ってインフルエンザにかかる人は時々いますし、そこから流行が発生する場合もあります。
また近年、日本は気温が上昇傾向にあります。今後日本の気候が温帯から亜熱帯になってしまったら、『インフルエンザは冬にはやる』というサイクルではなくなる可能性もあるでしょう。現に沖縄あたりだと、夏でも結構インフルエンザの患者が出ています」。
そんな夏のインフルエンザに対する予防法はあるのでしょうか。
「インフルエンザの予防法として最も効果的なのはワクチン接種です。しかし、現在日本では、夏の時期にはインフルエンザワクチンはありません。ですから、冬の時期に毎年予防接種を受けておくしかないのです。
インフルエンザにはA型とB型があります。ウィルスが変異しやすいのはA型。B型はあまり変異しないため、比較的ワクチンの効果が高く、すでに多くの人が免疫を持っているため、それほど大流行にはなりません」。
一般的に、インフルエンザに対する免疫力は、ワクチン接種を重ねることによって高まると考えられ、冬の時期に毎年予防接種を受けておけば、夏にB型をもらうリスクは相当軽減されるそうです。
インフルエンザワクチンの効果
ところで、毎年冬になると、インフルエンザワクチンの効果に関する議論が持ち上がり、ネットでそうした記事を見かけることもよくあります。でも実は、インフルエンザワクチンの効果検証は、もうほとんど不可能なのだと久住氏は言います。
「だって、インフルエンザにかかったことがない人なんて見つけられないでしょ。ワクチンの効果を本当に確認するなら、一度もインフルエンザにかかったことがなく、かつワクチンを打っている人で発病率を調べないと分からない。
中には『俺はインフルエンザにかかったことがない』と豪語している人もいますが、実際には誰もが子どもの頃に何度もかかっていますし、大人になってからは、発病はしていないけれど感染しているという場合も結構多い。だから効果の確認はもはや不可能。そこがインフルエンザワクチンの評価の非常に難しいところなんです。
本当はもう少し良いワクチンができてくれればいいのですが、現状は競馬みたいなもので、枠では当たるけれど、馬番までは当たらない。そんな状況ですね」。
とはいえ、それでもやはり、インフルエンザワクチンの接種は重要だと久住氏。
「2009年にメキシコで新型インフルエンザの流行がありました。あの時は、流行しているウィルスからワクチンを作って接種するということが行われたのですが、北京から報告されたデータによると、予防効果は9割だったとか。当たればそれくらい効くんです。
インフルエンザは、子どもの場合、3人に1人はかかります。ワクチンを接種しておくと、発病率は1/3くらいになります。大人に関しては、子どもよりもかかる率は落ちますが、ワクチンを打っておくと、発病する人は半分くらいになります。高齢者については、発病する率は減りませんが、肺炎などの重症化を引き起こす率は減ります」。
インフルエンザの注射を打つと局所がすごく腫れるとか、微熱が出るなど、ワクチンに含まれる抗原に対し体が反応することによって起こり得るデメリットが大きい方は受けないという選択肢もあります。
ですが、特別問題が出ない方は、やはり受けておいた方が良いでしょうと久住氏は話します。
取材協力: 久住英二(くすみ・えいじ)
医療法人社団 鉄医会 ナビタスクリニック(新宿・立川・川崎)理事長/内科医
1999年、新潟大学医学部卒業。虎の門病院内科研修を経て、2004年に同病院血液科医員。2006年から東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム部門研究員。2008年に「ナビタスクリニック立川」を開業。2012年には川崎駅、2016年には新宿駅にもクリニックを開設。"すべての人にとっての良い医療"を追求し、先進的な取り組みを積極的に行っている。