日本の予防接種制度は、他の先進国に比べてだいぶ遅れているといわれています。そうした実情を知っているかどうか、正しい情報を持っているか否かで、自分や家族の健康、そして幸せの明暗を分けることになる可能性も……。
そこで、『ナビタスクリニック』理事長で医師でもある久住英二氏に、今この時代を生きていく社会人が知っておきたい予防接種についての知識や情報について、詳しく伺いました。
子宮頸がんの罹患者が増える日本
今、日本で、年間約1万人が罹患し、約2,900人が死亡しているという子宮頸がん。患者数、死亡者数ともに増加傾向にあり、特に20~40代前半での罹患の増加が著しいものになっています。
この子宮頸がんの予防に役立つのがHPVワクチン。日本では、2013年4月に小学6年生~高校1年生相当年齢の女子を対象に定期接種化されました。
しかし、接種後に失神や慢性疼痛(疼痛が広範囲にわたる症例)が報告されたことにより、同年6月以降、定期接種は継続のまま、積極的接種勧奨(=接種対象者のいる家庭に予診票など接種に関する書類を送付すること)が差し控えられています。
ですから、お子さんが公費で接種を受けられる対象であることに気づかず、公費接種の機会を逸している方が殆どです。
一方で、HPVワクチンは世界保健機関(WHO)が接種を推奨、世界各国でワクチン接種が導入され、その効果が報告されていると同時に、WHOは世界中の最新データを継続的に解析し、このワクチンは極めて安全であるとの結論を発表しています。
また日本でも、2017年11月の厚生労働省専門部会において、HPVワクチン接種後に報告された多様な症状とHPVワクチンとの因果関係を示す根拠は報告されておらず、これらは機能性身体症状と考えられるとの見解が発表されました。
しかし、日本においては、今現在も接種率1%未満という低迷した状況が続いています。
子宮頸がん患者の現実
ナビタスクリニックの久住氏は、こうした日本の現状に警鐘を鳴らしている医師の一人です。
久住氏「私は中学生を対象に、命の大切さや自分の生き方について考えてもらうきっかけづくりとして、『いのちの授業~がんを通して』という活動を行っています。一緒に授業をしているパートナーの方は、23歳で子宮頸がんになりました。その彼女が病気の体験談とともに語るのは、病気を克服した後の現実です。
がん治療後であることや、子どもが産めない体であることは、どうしても結婚のハードルが上がってしまうと言っています」。
子宮頸がんの発病の頻度が上がってくるのは25歳前後から。結婚して妊娠がわかったときに、同時に子宮頸がんがわかる場合も多いそうです。
久住氏「がんが早期であれば、赤ちゃんがある程度育ったところで帝王切開し、出産後に子宮を取るということもできます。でも、がんが進行していて出産を待てない状況の場合は、赤ちゃんと子宮を同時に失うということもあるのです」。
ワクチン接種で予防できるはずの病気が増えること、それによって悲しい経験を強いられたり、救えたはずの命が失われたりすることは、大変大きな問題であると久住氏は言います。
男性にもHPVワクチン接種
子宮頸がんを引き起こす原因はヒトパピローマ(HPV)ウィルス。その感染経路は性的接触です。ですから、初めての性交渉を経験する前にワクチン接種することが最も有効になります。
久住氏「HPVワクチン接種の一番の適齢は14歳以下。半年または1年間隔で2回受ければ十分な免疫が付くことがわかっています。15歳以上は3回接種が必要です。性交渉の経験がなく、感染したことがない方が、最もワクチンの恩恵を受けられます」。
また、すでに性交渉の経験がある人にも、効果がないわけではないと久住氏。
久住氏「HPVはごくありふれたウィルスで、性交渉の経験がある女性のうちの50~80%は、生涯で一度はHPVの感染機会があると推計されています。しかし、感染しても多くの人は病気を発症することはありません。
すでに感染が起きていて、前がん病変の原因になる細胞ができている場合は、ワクチンを接種してもその細胞に対する効果はありません。でも、すでに感染していたものがクリアされていれば、ワクチン接種によって新たな感染を防ぐことは可能です」。
さらに、このHPVワクチンは、女性だけでなく男性も接種すべきだと久住氏は言います。
久住氏「50歳くらいの男性に起こりやすい中咽頭がん、これもHPVが原因です。HPVは、調べてみると、口の中や手足などにいっぱいいます。足の裏にできるイボもHPVによるものです。感染経路などわからないことも多いのですが、とにかくHPVは非常にありふれているウィルス。ですから、誰にでも発病の危険性があるといえます。
男性は、将来自分が中咽頭がんにならないため、また自分が女性にうつさないために、そして女性は自分がうつらないために、男性も女性も、HPVワクチンは、できるだけ若いうちに接種すべきだと私は思います」。
子どもができたら3種混合ワクチン
「子どもができたら3種混合ワクチンを打つ」
これも、日本では一般にはあまり知られていない、世界の常識だと久住氏は言います。
久住氏「3種混合(DPT)ワクチンは、ジフテリア、百日咳、破傷風の発症を予防するものです。現在日本では、これにポリオワクチンを加えた4種混合ワクチンが、生後3カ月以降の乳幼児の定期接種となっています。
ただ、百日咳のワクチンの効果は長く続かず、小学校高学年くらいですでに百日咳の免疫がない子がたくさんいることが分かっています。百日咳は、0歳児がかかると無呼吸発作で死に至ることがある病気です。最も危険なのが生後0~5カ月の赤ちゃん。つまり、ワクチンの初回接種までに感染し、重症化してしまう恐れがあるのです。
そこで、赤ちゃんが初めから百日咳の免疫を持って生まれてくるよう、妊娠中のお母さんに3種混合ワクチンを打つことに。これは、アメリカやイギリス、オーストラリアなどではすでにルーティン化され、効果も報告されています。同時に、こうした国々では、赤ちゃんに接する機会のある大人にも、ワクチン接種を推奨しています」。
10年以上も認識が遅れている日本
現状日本では、妊婦に3種混合ワクチンの接種を促すような動きはありません。でも、久住氏のクリニックには、自ら調べて情報を入手し、接種の相談に来る方や、娘のお産の手伝いに行くからと、60歳前後の女性が訪れるケースもあるそうです。
久住氏「日本では、産婦人科学会が妊婦にインフルエンザワクチン接種を推奨し始めたのも2017年くらい。つい最近です。ましてや、妊婦の3種混合ワクチンの接種については、議論すらされていません。予防接種については、日本と世界との間には10年以上のタイムラグがあります。そうした現実を知っておくこと、そして、時には自ら情報を集めたり、積極的に行動したりすることも、大切だと思います」。
ワクチン接種で防げる病気は様々あります。自分や家族の健やかな毎日のためにも、日頃から情報感度を高め、正しい情報を見極められる力を付けておく、また一方で、相談できる医師を見つけておくことは、重要なことではないでしょうか。
取材協力: 久住英二(くすみ・えいじ)
医療法人社団 鉄医会 ナビタスクリニック(新宿・立川・川崎)理事長/内科医
1999年、新潟大学医学部卒業。虎の門病院内科研修を経て、2004年に同病院血液科医員。2006年から東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム部門研究員。2008年に「ナビタスクリニック立川」を開業。2012年には川崎駅、2016年には新宿駅にもクリニックを開設。"すべての人にとっての良い医療"を追求し、先進的な取り組みを積極的に行っている。