前回に引き続き、7月26日に開かれた参議院の「社会保障と一体改革に関する特別委員会」での発言内容について、ご紹介をいたします。


政府短期証券の中身、ほとんどが「外国為替資金証券」

2点目の財政破綻の論拠とされている1000兆円の債務について、この数字が政府の借金として果たして正確な数値なのか、という点について取り上げたいと思います。

資料(1)「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」の内訳をみますと、大きく内国債、借入金、政府短期証券に分かれております。借入金は割合が低く、大きな比率を占めるのは内国債であり、政府短期証券となります。時間の都合もございますので、ここでは特に政府短期証券に着目したいと思います。

政府短期証券の中身でございますが、資料(2)の平成24年度末(見込)に書かれていますように、財政融資資金証券、外国為替資金証券、石油証券、食糧証券の4つがあります。そのうち、ほとんどの比率を占めているのが外国為替資金証券です。

「外国為替資金証券」は、急激な円高を止める"介入資金"に

この外国為替資金証券は外国為替市場で急激な円高が進んだ場合に、その動きを止める介入資金として使われるものです。もう少し詳しく説明しますと、為替市場で過度なドル安・円高が進んだ際、それに対抗して政府は日銀を通じてドル買い・円売り介入を実施します。

外国為替市場で日銀がドルを買おうとするならば、その代りとして円を払わなければなりません。まずはドルを買うための円資金を政府は調達してこなければならないのです。そこで政府はこの外国為替資金証券を発行し、円資金を集めます。証券を買うのは金融機関などですから、我々の預金が証券の購入資金にあてがわれているということになります。

為替市場での介入の結果、代わりに買ったドルはドル預金か米国債を購入

政府にしてみれば証券を発行したわけですから、負債となります。これまでの為替市場での介入の結果、累積した借金が資料(1)の政府短期証券の残高117兆円ということになります。本年度の1000兆円とされる借金見込の中にも含まれております。その代わりに買ったドルはドル預金あるいは米国債の購入に回されます。

ちなみに、民主党政権発足後のことになりますが、6年半ぶりに為替介入が実施され、民主党政権下でのドル買い介入の金額はこれまで16兆4220億円相当となっています。つまり16兆円を超える政府の借金が民主党政権下で増えたことになります。

民主党政権下での為替介入の実績(出典:財務省)

人為的な操作で市場を動かすというのは大変難しいものでございます。ドル安を牽制するために実施された介入ではありますが、政府がドルを買った水準とさほど変わっておりません。むしろやや円高水準でありますので、購入したドル資産は目減りしていることになります。

1ドルという借用書、かつて360円もらえたのが今や75円しかもらえない状況

これは民主党政権下に限ったことではございませんが、さかのぼること1971年、米国が自国のドルと金との兌換、つまり金と紙幣の交換を停止して以降、為替市場が変動相場制に移行し現在に至るまでの期間、1ドルは360円から75円まで円高が進んでまいりました。1ドルという借用書があって、かつてそれを差し出せば360円をもらえたものが今や75円しかもらえない状況です。もちろん、利息収入などがありますから、買ったドル資産がまるまる損をしているとは申しません。

為替介入の正式名は外国為替平衡操作と言われるように、過度な動きに対して安定させる操作です。そういう意味での介入であれば理解もできます。しかしドル買いが圧倒的に多いために、日本政府が購入したドルは円高によって資産価値が減価するだけでした。円高で苦しむ企業を助けるという大義名分で実施されてきた介入ですが、円高の動きもこの40年間止められておりません。円高に歯止めがかかるわけでもなく、買ったドルを売るわけでもなく(※注釈:最後のドル売りは1998年で、どんなに円安に振れてもドルを売ることはこの14年行われていません)、減価する資産を保有するだけならば、いったい何のためのドル買い介入であったのか、その効果に対する疑問が沸いてくるのでございます。

ドルを買い、米国債を購入することで、米国が抱える借金の穴埋めをしただけ

非常に大きな流れとして、米国は1980年代に経常赤字国となりました。つまり、海外からの借金に依存しなければ、国の経済が回っていかないという状況です。効果のない為替介入であれば、これまでのドル買い介入は単なる米国のファイナンス、つまり日本がドルを買い、米国債を購入することで、米国が抱える借金の穴埋めをしただけということに結果的になってしまいます。

余談ではありますが、海外では為替介入に対して政府は非常に慎重であると言われております。こうした為替差損は、国民の資産に損を発生させたということで、議会から厳しい追及を受けるためです。

外国為替資金証券、ドル資産の裏付けがあるのに債務として計上?

さて、話は元に戻しまして、政府の借金という点についてですが、これまでの為替介入では財務省の公表データを見る限り米ドル買いが9割以上となっております。政府は買った米ドルをそのまま外貨預金として金融機関に預けるか、米国債を購入するか、という選択肢があります。つまり、外国為替資金証券の裏側にはドルという資産が存在していることになります。

そこで2つの考え方ができるかと思います。

1つはこの117兆円に関してはドル資産の裏付けがある以上、わざわざ政府の借金に組み込む必要はないという考え方です。

その一方で、1998年を最後にドル売り介入は実施されていないという事実を踏まえますと、保有する米国債を安易に売れないのではないか、という懸念もあります。自分の資産を好きな時に使えないというのは何とも理不尽な話ですが、そうなるとこれは負債として計上した方が無難ということになります。

現在、政府の債務1000兆円にはこの累積された政府短期証券の数字を含んでいますので、この1000兆円という数字を債務として使うのであれば、ドル買い介入をして米国に渡した資金は日本に返ってこないお金として勘定しているということになります。

本当に財政危機であれば、為替介入で政府の借金を増やしている場合ではない

米国が財政的に困った時には日本が資金を出して助ける、ということであれば、ドル買い介入は日米同盟を維持していくためには必要ということになります。何も為替介入だけではありません。震災直後の被災地支援の遅れが取り沙汰される一方で、欧州債務危機に揺れる世界経済の安定化をはかるために、日本政府が欧州金融安定化基金(EFSF)に資金を拠出したという経緯もございます。また、欧州市場の不安から韓国では資金調達難に見舞われそうになり、日本の財務省と日銀がスワップ協定を発動して資金を融通したということもございました。全ては日本に戻ってくる資金ということを前提に拠出しているわけですが、国際協力の一環であるとすれば納得もできます。

ただし、ポイントは資金的な余裕がなければ他国や国際機関に資金提供や融通などはできないということです。日本は財政破綻から遠いからこそ、こうした国際貢献も可能なのではないでしょうか。

一方、本当に財政危機が差し迫っているのであれば、為替介入などして政府の借金を増やしている場合ではありません。他国に資金を融通している場合ではないと思われます。国民負担を求める前に、これまで貯めた117兆円相当の外貨の一部を取り崩して、政府債務を減らすという方法もあります。

政府短期証券の扱いをどうするのか、増税の前に考えるべき課題

為替介入を筆頭に国際貢献の数々が、日本が財政破綻からはほど遠いことを示している、という結論に至るのでございます。

これまで民主党政権が為替介入を実施したのは8日間だけです。国民に対しては財政再建を訴え増税を叫びながら、増税分の税収見込みを上回る金額をわずか8日間、実質24時間もかからないうちに海外へと大盤振る舞いをするのであれば、いくら財政再建を訴えようとも健全化するはずもありません。

24年3月末の政府短期証券の残高は117兆円となっているのに対し、見込では199兆円と82兆円も上増しとなって計算されています。ほとんどが外国為替資金証券です。80兆円余りも本年で為替介入を実施する予定なのだというつもりはありませんが、こうした上マシされた数字を、そして資産の裏付けのある債務を単純に政府の借金として取り上げるのは正確さに欠くのではないでしょうか。

政府短期証券の扱いをどうするのか、政府債務に計上するならば効果の限定的な為替介入を実施する意義はどこにあるのか、増税の前に考えるべき課題と思われます。

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執筆者プロフィール : 岩本 沙弓(いわもと さゆみ)

金融コンサルタント、経済評論家、経済作家。大阪経済大学 経営学部 客員教授。1991年東京女子大学を卒業し、銀行在籍中に青山学院大学大学院国際政治経済学科修士課程終了。日、米、加、豪の大手金融機関にて外国為替(直物・先物)、短期金融市場を中心にトレーディング業務に従事。その間、国際金融専門誌『ユーロマネー誌』のアンケートで為替予想部門の優秀ディーラーに複数回選出される。現在は、為替、国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、英語を中心に私立高校、及び専門学校にて講師業に従事。新著『世界恐慌への序章 最後のバブルがやってくる それでも日本が生き残る理由』(集英社)が発売された。