JR蒲田駅から歩くこと3分。西口の階段を下りると左手には東急電鉄の高架橋が見えてくる。目指すは、そのガード下に飲食店が連なる「バーボンロード」だ。高架橋に沿ったわずか数百メートルのなかに、焼とんからスナック、バーまでが所せましとひしめき合う薄暗い飲み屋街。その名の由来すら定かでないこのガード下は、古くから蒲田の呑兵衛たちの憩いの場として親しまれてきた。
17時を過ぎたころから、昼間の閑散とした空気が嘘のように、人の往来が激しくなる。行き交う面々は、地元の方やビジネスマン、なかには学生の姿もちらほら。その動きには規則性もなく、それぞれが思うがままに店の暖簾をくぐっている。
そうした流れのなかに身を投じ、夕暮れのひとときをまどろむ一杯をどこで呑もうかと物色していると、煌びやかなアメリカンバーのような電飾に、それとは相反する温かみある手書きのメニュー看板が目を引く、なんとも異色の店を発見。今晩は、この居酒屋「侑禅」の暖簾をくぐってみたい。
ロック好きには堪らない空間
店内に一歩入ると目に飛び込んでくるのが、モトリークルーやガンズアンドローゼス、スキッドロウ……など、バンドマンでもある店主が愛するハードロックのレコードやポスターの数々。BGMも、もちろん懐かしき80年代ロック一本。
場末の飲み屋で、知らない演歌歌手のポスターを眺めながら、これまた知らない演歌を聴きながら呑むのもいいものだが、かつて自分も熱心に聴いていたエイティーズのロックを聴きながら酒を呑むというのも、またオツなものだ。
店内はガード下だけに、カウンター6席、4人掛けテーブルが2組とお世辞にも広いとはいえない。しかし、新橋ガード下のような騒々しさはなく、ゆっくりと腰を据えて呑むにはもってこいと言える。
ハードロックとは相反する、和の料理たち
カウンターで「本日のおすすめ」が書かれたメニュー表を発見。そのラインナップは、ハードロックが流れる店とは思えないほど、本格的な和食の数々。このギャップがいい。新鮮な魚介の刺身はもちろん、四季折々の旬の食材を使ったメニューが並ぶ。
今は春先だけに、旬の魚を盛り合わせた刺身と焼きそら豆、焼き筍を注文。店内に流れるモトリークルーのサウンドに耳を傾けながら、若かりし頃に想いを馳せていると、やがて目の前には肴たちが並ぶ。
もともと和食の料理店で修業を積んでいたという店主が腕を振るう料理は、素材の良さ、繊細な味付けが際立つ。初物の新筍、そら豆、谷中生姜、鹿児島産のきびなご……こだわりの食材を生かした品々は、何を食べても実に旨い。それに店主とのロック談義も弾み、どんどん酒が進んでしまう。
仲間たちと大勢で集い、わいわいと飲み交わす酒席は楽しいものだ。しかし、ぶらっと立ち寄ったガード下の店で、旬な食材を肴にロックミュージックを聴きながらゆっくりと呑む、という贅沢なひとときもまた格別。その日に溜め込んだ疲れが、徐々に体から落ちていくような、デトックス感とでもいうのであろうか。狭く薄暗いガード下の閑静な店には、そうした効果が潜んでいると感じた瞬間でもあった。
●information
「侑禅」
東京都大田区西蒲田7-70-1