今、注目を集めるテレビ番組のディレクター、プロデューサー、放送作家、脚本家たちを、プロフェッショナルとしての尊敬の念を込めて"テレビ屋"と呼び、作り手の素顔を通して、番組の面白さを探っていく連載インタビュー企画「テレビ屋の声」。
第1回の"テレビ屋"は、2度の単発番組から、10月の改編でレギュラーに昇格した、フジテレビのバラエティ番組『人生のパイセンTV』の演出を手掛ける、同局の"マイアミ・ケータ"こと萩原啓太氏。あの『ヨルタモリ』の後番組に、フジテレビ最年少の演出として期待をかけられる同氏の言葉には、見た目のチャラいイメージとは打って変わって、テレビへの熱い思いが込められていた――。
――早速ですが、番組で呼ばれている「マイアミ・ケータ」という名前の由来は何ですか?
収録の時に、たまたま僕が「マイアミビーチ」って書いてあるトレーナーを着ていて、それをすごい突っ込まれて、そこから「マイアミ、マイアミ」って周りに呼ばれるようになったんです(笑)
――"チャラい"と言われてるだけあって見た目もお若いですが、現在おいくつですか?
入社7年目の29歳です。
――入社してから一貫してバラエティ制作ですか?
はい、入社して希望していたバラエティ制作に配属されました。最初は『笑っていいとも!』をやらせていただいて、その後『もしもツアーズ』や『キスマイBUSAIKU!?』なども担当させていただき、『ヨルタモリ』もやらせていただいてました。そんな経験を積ませていただいた中でロケが好きだなと思っていまして。特にフジテレビは、ロケバラエティが少ないので、自分はロケ番組をやりたいという思いをずっと持っていました。
――最初はADからスタートして、ディレクターデビューはいつ頃ですか?
『キスマイBUSAIKU!?』が始まった頃なので、入社4年目のはじめの頃です。運よく結構早くディレクターをやらせてもらって、そこから3年くらい経験積ませてもらい、『人生のパイセンTV』で演出をやらせていただくことになりました。
――その『人生のパイセンTV』は、非常に評判が良く、惜しまれつつ終了した、あの『ヨルタモリ』の後番組ですが、その演出に指名されてプレッシャーはありましたか?
僕は『ヨルタモリ』の後だからハードルが高いということは一切考えずに、日曜日のあの時間帯というのがありがたいと思っています。やっぱりあの時間帯って、お仕事されてる方が大半の中で、「明日からまた仕事かぁ」とちょっと憂鬱(ゆううつ)になっている方が多いと思うので、この番組はそんな気持ちを吹き飛ばすということを、考えて作っています。
だから基本的には「くだらねえなぁ!」と笑ってもらってもらい、パイセンたちを真面目に紹介するパートでは、熱い気持ちが視聴者の皆さんの中で動いてくれればうれしいなと。『ヨルタモリ』の後番組ということより、日曜日のあの時間をもらえてありがたいなと思っています。
――一方、裏番組には日本テレビに『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』があります。こちらは意識していますか?
やっぱりあれは、僕も小さい頃から見てますし、非常に尊敬している番組です。まさに"パイセン"な番組なので、マジリスペクトさせていただきつつ、太刀打ちできるような番組になるよう、一生懸命頑張りたいと思っています。
――向こうは一番若い出演者のココリコさんでもベテランですもんね。
こっちは誰一人知らない人たち(笑)。タレントはオードリーの若林(正恭)さんとベッキーさんだけですからね。
――かつてフジテレビが『オレたちひょうきん族』で、ドリフの『8時だョ!全員集合』(TBS)に向かっていったのを彷彿(ほうふつ)とさせます。
はい。あちら(『ガキ使』)はスタッフも大ベテランですから、僕らとは真逆です。こちらのスタッフの平均年齢は20代ですし、ディレクターも僕が若くて経験の少ない人だけを集めて、いま一緒にやりながら育っていこうという感じなので、若い力が融合して、新しい物が作れると良いなと思ってます。