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ドラマにありがちなシチュエーション、バラエティで一瞬だけ静まる瞬間、
わずかに取り乱すニュースキャスター……テレビが繰り広げるワンシーン。
敢えて人名も番組名も出さず、ある一瞬だけにフォーカスする異色のテレビ論。
その視点からは、仕事でも人生の様々なシーンでも役立つ(かもしれない)
「ものの見方」が見えてくる。
ライター・武田砂鉄さんが
執拗にワンシーンを追い求める連載です。
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ADとして過ごした4年間

今から10数年前の学生時代、大学にはほとんど通わず、音楽番組やPVを作る制作会社のADとして4年間を過ごした。「ボロ雑巾」という言葉は、雑巾よりもむしろADのために用意されたような言葉で、36時間勤務を経た後で制作部長をグーで殴り会社を飛び出していった先輩は、「俺のことは気にするな」とショートメールを残し、二度と帰ってこなかった。「あぁヤバイ」と半笑いで吐血した先輩が「素材を粗選びしてから病院に行くわ」とつぶやき、素材を粗選びした後に、急遽スケジュールが早まった撮影現場へ向かっていく。戻ってきた先輩に吐血の件を問い質すと、そこでようやく「あぁそうだった」と体の不具合を思い出す、そんな仕事場だった。

ある日、とうの昔に会社を去った人のロッカーを破棄することになった。やはり逃げるように辞めていったらしく、ロッカーに鍵がかかっていて開かないのでバーベルで壊すことに。中から大量に出てきたのはSM雑誌のバックナンバーだった。その後の彼について制作部長に尋ねると「今は宮崎県でみかん農家をやっている」とだけ答えた。親会社の社長の実家で働かされているという説もあった。それはさすがに尾ひれのついた情報だったように思えるが、事実を再確認する前に、制作部長も系列会社に左遷されてしまった。

一日の疲れを癒している全裸の先輩

オフィスの隣には、邸宅風の会員制クラブがあり、夜遅くになると、その玄関に黒塗りの車が並んでいた。明朝からの撮影用にコンビニでおにぎりを買い占めたこちらがあらゆる気力を失った表情でその前を通りかかると、待ちくたびれた運転手が同様にぐったりしており、シンパシーを覚えた。会員制クラブの換気口が自分たちの制作部のフロアに面していて、どういうわけか、夜が深まるにつれ、甘ったるい石鹸の香りが立ちこめるのだった。

とある地方で、5万人近くを集めるライブが開かれることになり、制作部総出で撮影に出向くことになったが、ファンがあらゆる宿を抑えていて泊まる場所がなかなか予約できない。十数名のスタッフが泊まる場所はラブホテルしかなかった。夜な夜な、汗だくの男どもがラブホテルに押し寄せる。当然、ダブルベッド、当然、ムーディーなライティング。「先にお風呂入っちゃうね」という囁きがこれほどロマンチックではないシチュエーションも珍しい。ご丁寧にもガラス張りのお風呂で、一日の疲れを癒している全裸の先輩がクリアに見える。朝早くから、ホテルの前で機材の点検を始める。大型カメラを何台も並べているところに、正規の目的で泊まっていたカップルが現れる。逃げ出すようにホテルを後にするカップルの背中を見ながら、男たちがガヤガヤ騒ぐ。

オンエア終了後に恫喝されるのではないか

PV撮影用に動物プロダクションからダチョウをレンタルし、スタジオの大型エレベーターで運んだ際、ダチョウが暴れ出して脚を傷つけてしまったこともあった。責任を問われるのはもちろんこちらだ。「どうしてダチョウを抑えられねぇんだよ」という詰問に「だってダチョウですよ?」という疑問を投げてはいけない。この世界では「すみません、もうちょっとダチョウを抑えられていたら」が求められるのだった。エレベーターで運ばれるダチョウって、どうやったら抑えられるのだろうか。

テレビを眺めていると、ADが誤って映り込んでしまう場面を見かける。その光景に立ち会う度に、オンエア終了後に彼や彼女が恫喝されるのではないかと気にかかる。同時に、上に記してきたような、自らに降りかかったボロ雑巾エピソードが走馬灯のようにかけめぐる。オタク男性しかファンのいない女性アイドルのイベントなのに、「『最近は女性ファンも増えてきた』って感じの編集でヨロシク」とのプロダクションからの依頼を受け、わずか数名の女性ファンを見つけて「増えてきた」構図を必死に作り出した日々を思い出すのだ。

ルンバを見てAD時代を思い出す

なぜADはうっかり映り込むのか。不測の事態を解消するのがADだから、と考えてみるべきだ。順番を間違えてはいけない。ADが映り込んだから不測の事態になったのではなく、不測の事態だからADが映り込んでしまう、のではないか。それくらいの優しさを、ボロ雑巾に向けてはくれまいか。磁石でくっ付けていたパネルが剥がれ落ちてしまう、カメラ割りが急遽代わる、街歩きでタレントが急に歩く向きを変える……そんなイレギュラーな瞬間を力づくでレギュラーに引き戻すのがADの仕事なのである。もちろん、凡ミスで映り込むことも多々あるが、引退したADであるワタクシはそれらをすっかり寛大な心で見守る。キミはどうせ理不尽なスケジューリングで下準備を強いられて、ようやく本番を迎えたのだろうから。

ADの映り込みかたとしてもっともスタンダードなのが、限られた時間でのセット転換で時間切れになるパターン。パネルやボードの撤収、テーブルなどの設置が間に合わず、調整中の後ろ姿が映り込んでしまう。あぁ、その、腰に撒いた何種類ものテープ類よ。業界用語で「バミる」、出演者の立ち位置や機材位置を記しておくために、テープ各種を使いこなす。映り込んでしまったことを自覚したADは、中腰のまま、素早い後ろ歩きで画面の外へ消える。決してカメラの方を向いてはいけない。立ってしまっては目立つから、そのままの体制で消えるしかない。自分もそうだった。ADは中腰を維持したまま、どこへでも動ける。掃除機のルンバをはじめて観た時、これはADの動きだと思った。目立たないように、静かに、低い姿勢でそこらじゅうに出向くのである。

「てめえのケツが映ってんだよ!」

「てめえのケツが映ってんだよ!」。所属している会社とは別の会社の人間であろうとも、こちらの最下層っぷりは、現場で共有される。自分のケツが映っていたのは、あるPV撮影の1シーンだった。バンドのギタリストがアンプの上に乗って演奏することになり、もしものために後ろで支えておけ、との指示を受ける。ビルの屋上、ギターアンプの上に乗ったギタリストを、クレーンカメラで撮る。こうなれば、どうしたってアンプの後ろ側にいる私が映り込むに決まっているのだが、こちらには、「支えろ」「映んな」という2つの指示のみが下される。

持ち前の中腰を限りなく低くし、ダルンダルンの黒Tシャツをお尻に被さるように思いっきり伸ばす。無事に撮影が終わる。後日、完成形を確認すると、自分の黒いケツがほんの少しだけ見切れているではないか。「てめえのケツが映ってんだよ!」と怒鳴り散らしたカメラマンも監督も気付かずに、武田のケツを採用してしまったらしい。10年以上経った今でも最前線で活躍しているミュージシャンなので内緒にしておくが、時折、そのPVを見直しながら、ボロ雑巾ライフを胸に刻み直している。

映り込んでしまったADの行く末を想う

ライブ形式の音楽番組では、アーティストに近付いていくカメラマンとそのアシスタントが映り込むことがあるが、その時のアシスタントのケーブルさばきに是非とも注目して欲しい。片方の手でケーブルを丸くまとめあげ、カメラマンの動きによって長さと方向を調節する。ミュージシャンに引っかかるようなことがあってはならないから、必要最低限の長さを適宜調整している。カメラマンが急に後退したときにケーブルにひっかかって転倒するリスクもある、最適なケーブルを維持するのはなかなか難儀なのだ。ダイナミックな映像は、アシスタントのケーブルさばきに支えられている。

街ロケで、お店のガラスなどに、タレントの背後にいるスタッフ勢が映り込むことがある。その度に、これだけの人数で動いておいて何が「ぶらり旅」だと突っ込むわけだが、その時にもやはりADたちの動きに注視する。とにかく俊敏、もしくは中腰。少し前に流行った『寝るだけダイエット』や『はくだけダイエット』よりも『中腰ダイエット』の方が効き目は抜群だが、この中腰ダイエットは、精神まで痩せ細る傾向にあるから、商品化が難しい。それでいて、ストレス解消には「残ったケータリングのドカ食い」というコンテンツが確保されており、当人は必ずしもシャープな体つきをしているわけではない。

ADは残酷な仕打ちを受けても構わない、このイメージが業界を飛び出して世間で通用しているのは、とってもおかしなことだ。全国民から「何映り込んでんだよ」と罵られて構わないとされている背中。しかし、その背中が受け取ってきた恨みが野心となり、この業界を更新してきたとも言える。ADがディレクターになりプロデューサーとなったとき、これまでの「何映り込んでんだよ」の記憶を再燃させて、その手の発言をしてきた主を見返すための番組を作る。ADの映り込みから怨念のドラマが始まっていくのだ。いつの日か、怒鳴られたアイツを見返すときがくる。私たちは日々、壮大な物語の序章を確認しているわけである。

<著者プロフィール>
武田砂鉄
ライター/編集。1982年生まれ。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「Yahoo!ニュース個人」「beatleg」「TRASH-UP!!」「LITERA」で連載を持ち、雑誌「AERA」「SPA!」「週刊金曜日」「beatleg」「STRANGE DAYS」等で執筆中。近著に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。

イラスト: 川崎タカオ