---------------------------------------------------------------------------
ドラマにありがちなシチュエーション、バラエティで一瞬だけ静まる瞬間、
わずかに取り乱すニュースキャスター……テレビが繰り広げるワンシーン。
敢えて人名も番組名も出さず、ある一瞬だけにフォーカスする異色のテレビ論。
その視点からは、仕事でも人生の様々なシーンでも役立つ(かもしれない)
「ものの見方」が見えてくる。
ライター・武田砂鉄さんが
執拗にワンシーンを追い求める連載です。
---------------------------------------------------------------------------

どうせ交代しないキーパーは表情が死んでいる

「それが怒られている時の顔か!」と数々の先生に怒られてきたが、あれはどうやら正確には「それは怒られている時に向けるべき表情ではないだろう」という指摘を簡略化したものらしい。顔、と指摘されたからには「これは生まれてきた時からの方向付けなので、いかんともしようがありません」との返答も有効だろうが、「~時の顔か!」とか怒鳴ってくる人の多くは、2発目に「口答えするな!」を、3発目に「何度言ったら分かるんだ!」を持っているから、聡明な僕たちは、すぐに「すみません」と謝ってきたのである。

顔ではなく、表情を見なければいけない。こちらが定期的に注視してきた表情は、ベンチに控えているスポーツ選手の表情。彼らは雑談するわけにもいかないから、じっとグラウンドを見ている。その表情にはかすかなバリエーションが生じている。サッカーならば、緩慢な試合を打破するのはオレしかいないと思っているフォワード陣は、目をギラつかせながらアップを命じられるのを待ち構えているが、基本的に交代することのないキーパーはおおよそ表情が死んでいる。

ベンチを蹴る監督の前にいる選手の表情

手を「パンパン」と叩いたり、「行けー」「まだまだー」と声を出たりはしているものの、表情が「どうせ出番なし」という諦めをしっかりと伝えている。キーパーが2人控えている場合、死んだ表情が並ぶことになり、その隣に、結果を出せずに前半のみで交代させられた選手が座っていたりすると、グラウンドの緊張感からかけ離れた、スーパー温泉の食事処でぼんやりたたずんでいるオッサンのような思考能力ゼロ状態が晒される。彼らの前では、サウナでじっと耐えているかのように大量の汗をかきながら、スーツを着込んだ監督が鋭い眼光でグラウンドを見つめている。

プロ野球チームの監督に怒りやすい人が少なくなったが、苛立ちのあまり目の前のベンチを蹴り上げる映像は、かつては珍プレー番組の定番だった。そのときの、監督の前にいる選手の表情に注目してきた。大きな反応をする人はいない。じっと耐える。そのベンチ、結構な衝撃を受けているのだが、間違っても体をピクッと反応させてはいけない。振り返ってはいけない。山中で熊に出会った場合は目を逸らさないように後ずさりするべきと言われるが、この場合では、その場でただただ固まるのが最適だ。プロ野球チームのベンチには、サッカーのキーパーのように、「もう、今日、どうせ、出ないから」というスーパー銭湯的な人はいない。誰しもスーパーサブ的な人としてそこに残されているから、表情にもそれなりの一体感が出てくる。

スタンド観戦の控え選手なのに闘志を燃やす

バレーボールの控えの選手たちは、ベンチに座ることすらなく、コートの四つ角の隅っこのほうで、「ナイスサーブ」「次! 次!」と体をほぐしながら叫び続けている。あれによって奪われる体力を毎回心配するが、なぜ彼女たちは、廊下に立たされた生徒のように、コート外で立たされているのだろうか。すぐに試合に出られるように、という狙いなど分かっているが、ならば、監督・コーチ勢がいるベンチの後ろにそれを設けるべきだと思うのだが、コート内のプレイヤーの視界を惑わすことが無いように、という配慮なのだろうか。視界の邪魔を問うならば、観客がボコボコ弾いている光沢のあるデッカいふ菓子みたいなアレから問うべきだろう。

高校野球や高校サッカーの全国大会になると、ほとんどの部員がベンチですらないスタンド観戦となるわけだが、みんな、スーパー温泉の食事処に陥らず、サウナ側の表情をしている。ベンチにすら入れていないのに、その闘志は負けてないぞ、という表情だ。青春という曖昧な枠組みを明確に提示する瞬間がいくつかあるとするならば、スタンドにいる控え選手の表情はその一つだろう。テレビで見かける度に、サウナ側ではなく食事処側の表情を探すのだが、誰1人いない。去年、結構デッカいテレビを買ったのだけれど、それでも確認できない。もしかしたら、球場に来ずに、地元の高校に残って「ひゃっほー、グラウンド使い放題ー」と叫び、ゲラゲラ笑い転げながら雑なノックをしているはぐれ者がいるのだろうか。是非、友達になりたい。とにかく控え選手の表情を見よ、そこにはそれぞれの物語がある。

<著者プロフィール>
武田砂鉄
ライター/編集。1982年生まれ。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「Yahoo!ニュース個人」「beatleg」「TRASH-UP!!」「LITERA」で連載を持ち、雑誌「AERA」「SPA!」「週刊金曜日」「beatleg」「STRANGE DAYS」等で執筆中。近著に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。

イラスト: 川崎タカオ