テレビ解説者の木村隆志が、先週注目した“贔屓”のテレビ番組を紹介する「週刊テレ贔屓(びいき)」。第81回は、27日に放送されたフジテレビ系バラエティ特番『人志松本のすべらない話』をピックアップする。
2004年12月の第1回から特番として放送されること33回。「人は誰も1つはすべらない話を持っており、それは誰が何度聞いても面白いものである」をコンセプトに、「名前が書かれたサイコロを振り、出た目の人がとっておきの話をする」というシンプルな構成ながら、約15年間に渡って安定した人気を得ている。
吉本興業のお家騒動が収まる気配を見せない中、今回の放送はこれまで以上に注目度は高い。引いては、トーク番組の現状を踏まえて、番組の立ち位置を考えていく。
■冒頭から千原ジュニアの芸人魂がさく裂
今回のプレイヤーは、松本人志、千原ジュニア、宮川大輔、木村祐一、稲田直樹(アインシュタイン)、神田松之丞、小峠英二(バイきんぐ)、粗品(霜降り明星)、大悟(千鳥)、出川哲朗、バカリズム、塙宣之(ナイツ)、小林メロディ(ブリキカラス)の計13人。安定感あるレギュラーメンバーに加え、初参戦の講談師・神田松之丞と、407人参加の全国オーディションを勝ち抜いた小林メロディが気になるところだ。
のっけから驚かされたのは、通常のオープニングではなく、いきなり千原ジュニアのトークがはじまったこと。テーマは『逃走中』(フジ系)で、「小3の甥と過去のDVDを見たら、清原和博、ピエール瀧、入江慎也が逃げていた。(実際に)全員捕まっている、めちゃめちゃ面白い番組」というものだった。
その直後に、通常のタイトルバックや出演者紹介を持ってきたことが、「ジュニアの話をあえてトップに配置した」というスタッフサイドの意図を物語る。まだまだ吉本の騒動が収束しない中、「いかなることも、いち早く笑いに変える」というジュニアの姿勢にスタッフが応えたということか。
その後のすべらない話を挙げていくと、小峠「松本人志が実家に」、宮川「SL」、木村「紅白歌合戦」、バカリズム「怪しいお店」、松之丞「伝説のうなぎ屋」、大悟「きよし師匠からの電話」、小林「JUJUのミュージックビデオ」、松本「ウォシュレット」、松本「打ち上げにて」、稲田「USJ」、出川「すべらない話の練習」、宮川「今田耕司」、ジュニア「ヒッチハイクの青年」、松之丞「厳しいA師匠」、粗品「絶対音感」、塙「カツラの新山ひでや師匠」、出川「チューのくだり」、稲田「外国人観光客」、大悟「親父の船」、小峠「ボヤ騒ぎ」、大悟「親分に挨拶(親父の丸い石)」、小林「乳首」、塙「ナンセンス師匠」、稲田「ラルクのファン」、粗品「帰り道」。
計25つのすべらない話が放送され、松本が自ら選出したMVS(最優秀すべらない話)には、大悟「親父の丸い石」が選ばれた。
■演出はますますシンプルになっている
松本は「切ない話で新しい風を吹かせた」という選出理由をあげていたが、これは収録現場の盛り上がりを受けたものであり、視聴者目線でのMVSは冒頭の「逃走中」だったのではないか。『すべらない話』の収録後に騒動が拡大したことで笑いの量が増したのだが、冒頭に配置したことで視聴者の心をグッとつかんだのは間違いない。
あらためて番組そのものを見直してみると、「全員シックなスーツとネクタイ」「カジノ風のムーディーなセット」「基本的にカメラワークはワンショット」「笑い声やテロップの追加はなし」「芸能人の観客やスタッフクレジットもなし」「MVSのトークを最後にリピートしなくなった」と、スタッフサイドの演出はどこまでもシンプル。長年放送していても、まったくブレていないどころか、さらにシンプル化していることに気づかされる。
当然ながら芸人たちにとっては、「すべってはいけない」のはもちろん、「噛むことや話が飛ぶことも許されない」などのプレッシャーは大きい。事実、芸人たちはふだん以上に滑舌よく、大きな身振り手振りを交えて話していたし、語り口や熱の込め方も「他の芸人とかぶらないように」という互いへの配慮が感じられた。
トークに関する唯一の演出は、オチにかぶせる「すべらない話 認定」の文字と効果音だけであり、しかもこれは収録現場ではなく、編集で加えられているもの。それだけに話し終わりの「ウケた?」「すべってない?」という緊張感は、長年放送していてもまったく色あせていない。
また、「すべらないまでも、ウケてないな」というときに見せる松本のフォローは素早く、温かみを感じる。トークを聞いているときの笑顔や、「おお!」「え~」などの合いの手。合い間にはさむ「すべらんなぁ」の決まり文句。収録後に必ず行われる打ち上げ。
どれを取っても、「芸人にプレッシャーをかけるのではなく、緊張感をほぐしてあげよう」という後輩芸人に対する松本なりの愛情が見える。企画から関わっている松本としては、他の番組以上にファミリー感を大切にしている番組なのではないか。
■逆風だらけのトーク番組に光を
当番組は年1~2回の特番ゆえに、消費され尽くすことなく鮮度を保ち続けているが、トーク番組全般に目を向けると、極めて厳しい状況下に置かれている。
「ながら視聴が多く、集中して聞いてもらえない」「ふだんからSNSで自らの話を発信するタレントが増えた」「話を聞きたいほどの大物スターが減った」「コメントの一部をネットメディアにアップされて誤解を生みやすい」など逆風だらけ。ゴールデンタイムのトーク番組は、密着やグルメなどのロケありきのものばかりで、過激なフレーズとテロップに頼った演出も目立つ。
だからこそ『すべらない話』の相対評価が上がるのが何とも皮肉だが、それは出演芸人たちの自信に直結していく。「ここでしっかり話せたら、ここで笑ってもらえたら、トークを武器にやっていける」。図らずも吉本のお家騒動で、若手芸人の貧困問題がクローズアップされているが、『すべらない話』のような目標となる番組の存在は、それだけで貴重だ。
近年、中居正広、古舘伊知郎らも参戦しているように、芸人に限らず「あらゆるタレントのトークスキルを披露する場」としての価値も高まりつつある。常連メンバーを最小限にとどめ、新たな血を採り入れ続ける限り、『すべらない話』がトーク番組とタレントの存在意義を見せつけてくれるのではないか。
ともあれ、「やっぱり芸人ってすごいんだ」の一端が見られたことで、ひさびさに晴れ晴れとした気分になれたお笑いフリークは多かっただろう。
■次の“贔屓”は…約9年間放送でネタ切れはないのか!? 『ナニコレ珍百景』
今週後半放送の番組からピックアップする“贔屓”は、8月4日に放送されるテレビ朝日系バラエティ番組『ナニコレ珍百景』(毎週日曜18:30~)。
2008年1月から16年3月にわたってレギュラー放送されたあと、昨年10月に復活。トータルで約9年間に渡ってレギュラー放送されている人気番組であり、全国の珍しい風景を紹介し続けている。
次回放送では、「静岡・清水港の海面から顔を出す無数のキノコのようなモノの正体とは!?」「何もない沖縄の離島に全国から留学してきた子どもたちの生活に密着!」「茨城の仏像好きが一念発起!素人が独学で作った木の中の観音像!?」「山口で現役ラジオDJとして活躍する元気な91歳おじいちゃん!」「奈良・夜になると青く染まる町!?」などをピックアップ。
「以前からの変化はあるのか?」「ネタ切れのきざしは?」など、番組の現在地点を探るとともに、希少な90分番組としての可能性も探っていきたい。
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者。毎月20~25本のコラムを寄稿するほか、解説者の立場で『週刊フジテレビ批評』などにメディア出演。取材歴2,000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日の視聴は20時間(2番組同時を含む)を超え、全国放送の連ドラは全作を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの聴き技84』『話しかけなくていい!会話術』など。