テレビ解説者の木村隆志が、先週注目した“贔屓”のテレビ番組を紹介する「週刊テレ贔屓(びいき)」。第63回は、24日に放送されたMBS・TBS系ドキュメンタリー番組『情熱大陸』(毎週日曜23:00~)をピックアップする。

人物密着ドキュメンタリーの筆頭であり、もはや番組内容の説明は無用だろう。今回の主役は、救命救急医・山上浩。番組は救急受入数日本一で、「絶対に断らない男」と言われる山上のERチームに密着するという。

知られざるプロフェッショナルをピックアップすることの多い同番組にピッタリの人選であり、まもなく放送22年目に突入するが、その内容は変わっていないのか? 現状をうかがう格好の機会になりそうだ。

  • 『情熱大陸』 (C)MBS

「この曲とこの声」でスイッチが入る

葉加瀬太郎のオープニングテーマ「情熱大陸」が流れ、主役の顔写真が映されたあと、CMをはさんで窪田等のナレーションから本編がはじまる。「この曲とこの声を聞いたら、自然にスイッチが入る」という番組はめったにない。「耳で視聴者を引きつけられる」ことが『情熱大陸』のブランド力であり、リニューアルなどの際にも絶対に変えてはいけないところだろう。

冒頭から「救急搬送されてきた患者はすでに心肺停止状態だった。このようなケースで蘇生する確率は極めて低い」という緊迫した状況が映し出される。しかし、山上の懸命な心臓マッサージなどの甲斐あって、男性は死の淵から生還。「何よりもまず命をつなぐことが救命救急の使命なのだ」というナレーションをかぶせて、視聴者の頭に“山上=正義の味方”というイメージを完成させた。

その後、「2017年度に受け入れた救急搬送は1万3705人」というデータを挙げたあと、「20の病院に断られてうちにきた人がいる」という実例を紹介。さらに、山上が束ねる医師は20人(女性医師は6人)で、3交替シフト制・8時間勤務の働きやすい環境であることも明かされた。

徒歩での通勤シーン、部下との何気ない会話などの息抜きカットもはさまれていたが、なかでも象徴的だったのは昼食の様子。山上は「今、救急車が来ないですね。今のうちに」と自分の部屋へ向かい、愛妻弁当を食べる前に妻へ「いただきます」のメッセージを送った。

「救急医はご飯を食べる時間を作るのも能力の一つ」「『救急医もごはん食べてますよ』ってアピールになるんですかね、これ」と笑う山上。まさにその通り、演出家はそんなコメントがほしかったのであり、取材対象との良好な関係がうかがえた。

インタビューや再現ドラマとの差別化

次に映されたのは、蘇生困難で心停止となってしまった患者のシーン。山上は「われわれの仕事として救命第一は変わらない。ただ、何でもかんでもやることが正しいかどうか、それをご本人が望んでいるのか、葛藤ですよね」と語った。

「きれいごとばかり見せるわけではないよ」と言わんばかりの演出だが、これが『情熱大陸』の定番。成功者や能力の高い人にも不安や葛藤があり、弱さを見せ苦しむ姿が撮れるまで密着を続けている。

30分番組の18分が経過したころ、ようやく本人のプロフィールを紹介。山上がサラリーマン家庭に生まれ、祖父の入院をきっかけに医学の道へ進み、不整脈をわずらったこと、最初の勤務先で非力さを痛感したことなどが明かされた。

最後のエピソードは、食道静脈瘤が破裂した40代の男性。かつて入院中に暴力騒ぎを起こしたことから、「近隣病院でブラックリストに入っていて、受け入れを断られ続けている」という。しかし、山上は「医学的には緊急事態なので」と受け入れた。

ここで2度目のCMに入り、視聴者は葉加瀬太郎のエンディング曲「Etupirka」を聴く心の準備に入る。CMが明けると、無事に患者は救われ、山上が専門医たちのサポートを受けて自らの追い求める救命救急を実現させている様子が描かれた。ベテラン看護師が、「この先生がやりたいことをできる環境を作ってあげたい」と笑顔で話し、番組はエンディングへ。

いかにも『情熱大陸』らしい知られざるプロフェッショナルの感動ドキュメントであり、視聴者のイメージに応える王道の演出に終始。もちろん事実がベースではあるが、当番組は「どのように見せるか?」という演出に重きを置いたエンタメドキュメンタリーであり、報道ドキュメンタリーとは一線を画する。

たとえば、コメント1つ取っても、「この質問はあのときにあの場所で聞こう」「あのフレーズにはこんな思いが込められているのではないか」という演出家の意図や解釈をベースにしている。だから中立ではなく、取材対象に肩入れした目線であり、実際にこの日の山上も、患者にとってのヒーローであり、視聴者にとっても疑うことなき人格者だった。

その映像はインタビュー番組や再現ドラマと差別化するための工夫が施されている。たとえば、ドラマ性を高めるために、「できるだけ質問せずに生の声を拾う」「正面より横顔や背中の映像を多用して感情を伝える」「ナレーションが本人の気持ちを補足・代弁する」などの丁寧な演出は、1998年4月のスタート時から変わっていない。

取材対象の人選に求められる慎重さ

この日の放送は、「救命救急医」というド真ん中の人物だったこともあって、「ほぼ思っていた通りの内容だった」という人が多いのではないか。実際、近年は「これが『情熱大陸』という番組だろう」という“ヒーロー列伝”感はあるが、それは一定数の視聴者が求めているものとも言える。「マンネリ」は必ずしもネガティブな意味ではなく、「ファンの期待に応え続ける」という意味ではポジティブだ。

今年の取材対象を1月から順に挙げていくと、「カレー料理人 齋藤絵里」「ミニチュア写真家 田中達也」「脳神経外科 加藤庸子」「独立時計師 菊野昌宏」「力士 貴景勝」「秋田犬ブリーダー 本瀬純一」「プロサッカー選手 堂安律」「ラーメン店主 大西益央」「銭湯イラストレーター 塩谷歩波」「料理人 長谷川在佑」「塾代表 宝槻泰伸」。

業種と職種、知名度とステイタスなどの人選は、これまで通り多種多彩でバランスが取れている。制作会社や局内から企画を募っているほか、「取材してほしい」という自薦もり、なかには番組出演で業績アップをたくらむ人もいるなど、人選にはこれまで以上の慎重さが求められているのは間違いない。

ただそれでも前述したように、葉加瀬太郎の曲と窪田等のナレーションさえあれば、それだけで『情熱大陸』とも言える。シンプルなコンセプトの分、密着期間と予算は増減させやすく、人と金を年間トータルで配置しながら、今後も淡々と続けていけるはずだ。

それにしても、今回の山上が1,045人目というから「マンネリ」という声は、やはり誇るべき勲章でしかない。「翌日の仕事が気になる日曜23時に、1週間分の活力をもらっている」という人は少なくないだろう。もし『情熱大陸』が終了したら…そう考えただけでちょっと寂しくなってしまった。

次の“贔屓”は…4時間生放送の「これぞ特番!」『めざまし×さんま 平成エンタメニュースの主役100人』

『めざましテレビ』の三宅正治アナ(左)と永島優美アナ (C)フジテレビ

今週後半放送の番組からピックアップする“贔屓”は、29日に放送されるフジテレビ系特番『フジテレビ開局60周年特別企画 めざましテレビ×明石家さんま 平成エンタメニュースの主役100人“ムチャ”なお願いしちゃいましたSP』(19:00~22:52)。

今年4月で25周年を迎える『めざましテレビ』の特番として、6,000回超に渡る放送のデータベースから、「平成の主役だった100人を選び、ムチャなお願いをしていく」という。

その内容は、オーランド・ブルームとパリス・ヒルトンが登場する「きょうのわんこ」特別版のほか、八木亜希子、小島奈津子、木佐彩子、高島彩、生野陽子、加藤綾子の歴代女性メーンキャスター集合などのスペシャル企画が満載。

「4時間生放送」と平成を振り返る番組の中でも特大クラスのスケールであり、2月9日放送の『さんまのFNSアナウンサー全国一斉点検』がそうだったように、フジテレビのバラエティにかつての思い切りが戻ってきているだけに、期待値は高い。

■木村隆志
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者。毎月20~25本のコラムを寄稿するほか、解説者の立場で『週刊フジテレビ批評』などにメディア出演。取材歴2,000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日の視聴は20時間(2番組同時を含む)を超え、全国放送の連ドラは全作を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの聴き技84』『話しかけなくていい!会話術』など。