テレビ解説者の木村隆志が、先週注目した“贔屓”のテレビ番組を紹介する「週刊テレ贔屓(びいき)」。第62回は、17日に放送されたテレビ東京系特番『あの天才の兄弟姉妹~光と影ものがたり~』をピックアップする。
同番組は、『池の水ぜんぶ抜く』などを生み出したテレ東が誇る特番枠『日曜ビッグバラエティ』の新企画。「あの天才の兄弟姉妹は、どんな人生を送っているのか?」というコンセプトで制作したという。
『日曜ビッグバラエティ』はこれまで、『和風総本家』『空から日本を見てみよう』『THEカラオケ☆バトル』『世界!ニッポン行きたい人グランプリ』などレギュラー化された名番組を生み出してきただけに、今回も「何かやってくれるのではないか」という期待感を抑えきれない。
大坂、大谷、紀平…ビッグネームがズラリ
最初に映し出されたのは、大坂なおみの姉・大坂まり。同じテニス選手であり、見た目はもちろんのこと、話し方がそっくりなことで、いきなり視聴者を驚かせる。次に登場した大谷翔平の兄・大谷龍太も、社会人野球の現役選手として活動していた。ともに番組の“つかみ”としては、最高の人選ではないか。
3人目に選ばれたのは、紀平梨花の姉・萌絵。一緒にフィギュアスケートをはじめたが、クラシックバレエの道に進むため2年で辞め、「現在はカナダに語学留学している」という。姉は現地で妹の出場試合を応援しつつジャズダンスを習い、「踊る仕事をしていきたい」と目を輝かせた。
4人目は、亀田三兄弟の妹・姫月。子ども時代から「亀田家の娘」ということでイジメを受けてきたが、ライセンス返上などの問題が発生し、父を支えるために2人で大阪へ移ってボクシングをはじめたという。現在はアジア女子ライトフライ級の王者となり、世界王者へ向けて練習を重ねていた。
5人目は、桑田真澄の弟・桑田泉。同じ野球選手としてプレーしていたが、一念発起してゴルフに転身し、ティーチングプロとしてアカデミーを設立したほか、表彰を受けるなど地位を確立していた。
ここで対象がアスリートから芸能人に変わる。6人目として登場したのは、矢口真里の妹・美樹で、「2000ピースの絆 姉妹が過ごした苦悩と再生と日々」と題して、ドラマ仕立の演出に変わった。中学生時代イジメに遭い、不倫騒動時は「妹も男グセ最悪」などの誹謗中傷に悩まされたにもかかわらず、姉のピンチを献身的に支えたという。
再び対象がアスリートに戻り、7人目は白井健三の兄・晃二郎。こちらも弟の「ひねり王子」に引っかけた「天才 金メダリストの兄 ひねくれ王子の奮闘記」というドラマ仕立てで、挫折から立ち直り、両親経営の体操クラブでコーチになり、未来の金メダリストを育成していた。
最後の8人目は、小栗旬の兄・小栗了。今月オープンした『ムーミンバレーパーク』で野外ショーの舞台演出を務めるなど、舞台演出家として活動するほか、イベント制作会社の社長をしているという。兄はスタジオに現れ、「以前は売れない役者をしていた」「弟の演出をすることはない」などの話で盛り上げた。
ナレーターの人選にも王道志向
紀平梨花の姉・萌絵は、16歳の妹が自らの道を歩み、世界的な注目を集めていることで、まだ20歳であるにもかかわらず、周囲から「あなたはどうするの?」と聞かれて焦っていた。
桑田真澄の弟・泉は、兄の不動産トラブルで施しを受けていた部屋や車を失ったとき、「自ら進んで“桑田の弟”に成り下がっていた」ことを痛感し、斡旋してくれた大企業の就職を断った。
白井健三の兄・晃二郎は、もともと明るい性格だったが、比べられることで体操の成績が下がって性格もネガティブになり、体操一家ゆえに辞めることもできなかったが、弟の活躍に感動して心を入れ替えた。
すべての兄弟姉妹に「苦悩から立ち直り、現在は前向きな人生を歩んでいる」というストーリーがあり、「よく立ち直った」「よく乗り越えた」という美談に終始。「天才と同じ家に生まれた」ことによる“光と影”の影にフィーチャーしたハードなものではなく、「兄弟姉妹の人生もまた光と呼べそうなものだった」というソフトな番組だった。
つまり、「“天才”は前振りに過ぎず、しっかり“一般人”の感覚に近い兄弟姉妹にクローズアップしていた」ということだろう。「天才の兄弟姉妹も、みなさんと同じ一般人」「あなたも天才の兄弟姉妹だったかもしれない」という目線を軸にすることで、視聴者の感情移入を誘っていた。
「文句なしの国民的アスリートたちを対象にした」こと、「民放他局に見られがちな過剰演出がなかった」こと。さらに、「オープニングのナレーションに局の看板番組『出没!アド街ック天国』の武田広を起用し、その後はドキュメンタリーの大御所・槇大輔を起用した」ことなどから、王道の番組を目指す姿勢が伝わってきた。
ロケ、インタビュー、ナレーション、テロップ、過去映像、再現VTRなども、奇をてらうことなく、オーソドックスだったことも見逃せない。「ウチは『家、ついて行ってイイですか?』『YOUは何しに日本へ?』などの瞬発系ドキュメンタリーだけではなく、ド真ん中の密着系ドキュメンタリーも作れるんだぞ」というテレ東の意志表示に見えた。
花田虎上の隣が空席だった意味
単なるストイックなドキュメンタリーではなく、「視聴者に息抜きしてもらおう」という脱力系の笑いも組み込まれていた。
亀田姫月がボクシングをはじめたのは、「(もともとコンプレックスのあった)鼻が殴られて曲がったときに整形してもいい」と父に言われたから。さらに、彼氏の有無が話題になり、動揺するコワモテ父の顔が映し出された。
スタジオゲストでも、石田純一の姉・石田桃子が、「(石田純一の姉でいることは)退屈しませんね」「どうしてコレ(純一)があんなにモテるんだろう…」というボヤキで笑わせた。
最後も、花田虎上の隣をわざわざ空席にし、「(弟・貴乃花光司に)待ってるから早く来いよ」「兄弟姉妹っていいですね。俺のVTRないんですか?」とボケさせ、千原せいじが「自分らの仲悪いやつ、でけへんやん!」とオチをつけて笑わせた。
あくまで控えめに。でも確実に…という笑いの差し込み方に、「ハートフルな番組だけど、やっぱり笑ってもらいたい」という制作サイドのこだわりが見えた。
桑田兄弟や白井兄弟の母なども含めて、「よくこれだけ出てもらえたな」と感じた人は多かったのではないか。やはり、どこまでも王道であり、「テレ東なら他局では見られない面白いアングルの番組をやってくれるのでは?」という期待感は、いい意味で裏切られたのだ。
『池の水ぜんぶ抜く』などで見せる自由さは保ちつつ、『池上彰の現代史を歩く』のアカデミックなムードを加え、マスに訴えかける王道のドキュメンタリーも制作。テレ東の日曜夜は、ますます幅の広がりを見せ、「何が飛び出すかわからない」という魅力が増している。
当企画も、「第2弾が見たい」と思った人は多そうだが、“天才”というからには、芸能人よりもアスリートやアーティスト、あるいはビジネスパーソン、政治家あたりの大物がいいのではないか。いずれにしても、「ド真ん中をゆく」という今回の志が失われない限り、視聴者の興味を引く人選と、丁寧かつ適切な演出で、見応えのあるものになるだろう。
次の“贔屓”は…「絶対に断らない救急救命医」に密着! 『情熱大陸』
今週後半放送の番組からピックアップする“贔屓”は、24日に放送されるMBS・TBS系ドキュメンタリー番組『情熱大陸』(毎週日曜23:00~)。
人物密着ドキュメンタリーの筆頭であり、もはや番組内容は説明無用だろう。今回の主役は、救命救急医・山上浩。救急受入数日本一で「絶対に断らない男」と言われる山上のERチームに密着するという。
知られざるプロフェッショナルをピックアップすることの多い同番組にピッタリの人選であり、まもなく放送22年目に突入するが、その内容は変わっていないのか? 現状をうかがう格好の機会になりそうだ。
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者。毎月20~25本のコラムを寄稿するほか、解説者の立場で『週刊フジテレビ批評』などにメディア出演。取材歴2,000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日の視聴は20時間(2番組同時を含む)を超え、全国放送の連ドラは全作を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの聴き技84』『話しかけなくていい!会話術』など。