テレビ解説者の木村隆志が、先週注目した“贔屓”のテレビ番組を紹介する「週刊テレ贔屓(びいき)」。第28回は、13日に放送された『ドキュメント72時間』(NHK総合、毎週金曜22:45~)をピックアップする。
同番組は、ある場所を3日間72時間に渡って定点観測する人間ドキュメンタリー。同じNHKの『ノーナレ』も含め、シンプルな切り口で「見やすい」ドキュメンタリーの旗頭的な番組と言える。
今回の舞台は、バク転教室。小学生からサラリーマン、主婦まで、多くの人々が教室に集い、マット上で悪戦苦闘しているという。数ある習いごとの中で、なぜバク転を選んだのか? 生徒たちだけでなく番組の意図も、そこから見えるのではないかと思っている。
気持ちは前向きなのに体は後ろ向き
場所は東京・板橋、住宅街のド真ん中。1時間2,000円のバク転教室に通う人々は、まさに老若男女だ。
学校帰りの小3女児が「将来忍者になりたい。『忍たま乱太郎』でかっこいい人がいるから、ああいうふうになりたい」と目を輝かせれば、小学生時代に光GENJIを見て育った43歳の中年男性は「前はお酒を毎日のように飲んでさわいでいたんですけど、(今は)家に帰ったら寝るだけで何となく過ごしてきた感覚がありました。自分でも何とかしなきゃって」としみじみ。番組序盤から振り幅の大きさを見せた。
仕事と子育ての合い間を縫って通う45歳の保育士女性は「すごいストレス解消になっています」。声優を目指して上京した21歳の女性は「声優さんは歌もダンスも何でもできるじゃないですか。でもバク転ができる声優さんを見たことがないので、ファンが増えたらいいなって」。
会社の新年会でバク転を披露して大ウケだった29歳の男性は、「たかだか1~2秒で人が『わ~』となるって、なかなかないですよね。仕事をやっていてそういう瞬間はないので」と快感が忘れられずに通い続けているという。
続いて現れたのは、「初めて参加」の48歳父親と小6息子。父親は「俺は腰が悪いのでダメです。(息子を見つめながら)動けていいなと思って……うらやましいね。ジャッキーチェンが好きだったので、バク転とか自分で練習しましたから。(バク転教室は)絶対楽しいでしょう」と、息子を羨望の眼差しで見つめていた。
ここから番組は、仕上げに入る。カメラがとらえたのは、自動車部品メーカーに務める41歳の男性。「かつては特技だった」というだけに、見事なバク転を披露する。男性は21歳で学生結婚して以来ずっと家族のために働いてきたが、子どもが成長した今、教室に通うことで勘を取り戻したようだ。
男性は「(奥さんの前で披露したりは?)しないです。『いい年こいて何やってんだ』ってバカにされちゃうんで。『40のオッサンが何やってるの。ホントケガとかしないで』とか」と苦笑い。しかし、「今はけっこう自由な時間が取れるので、連続バク転からバク宙とかいろんな技をやりたいですね。『年だから』とかそういう理由で辞めてしまうのは『人生もったいないな』と思っているので、限界に挑戦し続けたい」と胸を張った。
次に現れたのは28歳のOL。「大好きなコスプレで、好きなキャラクターになりきるためにバク転がしたい」ようだ。彼女は「『昨日できなかったことが今日できるようになる』とか、『今日できなかったことが明日できるようになる』とかすごくワクワクする」「前向きなのに後ろ向き(笑)」と名言を連発した。
特筆すべき「聴く力」と多様性の担保
こんな“市井の名言集”が当番組の醍醐味だが、台本がない出たとこ勝負の撮影だけに、スタッフの“聴く力”は、他番組よりも必要だろう。老若男女の懐にスッと入り、サラッと名言を引き出すスキルは、番組開始当初よりも上がっているのではないか。
しかし、ディレクターとプロデューサーが3日間の映像を25分間に編集している以上、彼らの主観が入っているのは間違いない。切り取り方が偏り、視聴者が想定できる展開が続くと、奥行きのない映像になってしまう。
ゆえに、多様性を担保するような編集になり、低体温のナレーションに徹するのが、この番組らしさであり、限界点にも見える。このあたりは、スタッフの主観を意図的に取り入れ、エモーショナルな演出にこだわる『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)や『情熱大陸』(MBS・TBS系)などとは一線を画している。
だからこそ気になったのは、「ついどこかで線を引いてしまう自分の可能性。男性は今、前より高く跳んでいる」「後ろにクルリと一回転。明日は知らない自分に出会えるかもしれない」などのナレーションや、「1回転の先に描く未来」などのテロップ。この番組にそんな芸術性を求める視聴者は、どれだけいるのだろうか。少なくとも私には、「スタッフがドキュメンタリーの型にハメたがっている」ようにしか見えなかった。これぞ演出過多ではないかと。
「いかに単純なものがウケるか」のサンプリング
今年の放送分を振り返ると、「津軽海峡 年越しフェリー」「東北 春を探して 国道45号線を行く」「島へ 山へ 走る図書館」「春の日本海 ホタルイカを待ちながら」「大阪・西成 24時間夫婦食堂」「秋田 いのちの温泉に集う人々」と、日本全国にネットワークを持つNHKならではの地方発企画も多い。「視聴率にとらわれないテーマ選びができる」という公共放送の強みが、最大限発揮されているのではないか。
『ドキュメント72時間』は、『クローズアップ現代』(NHK)のようなジャーナリズムも、『プロフェッショナル 仕事の流儀』のような物語性もない、NHKにしてはイレギュラーなコンセプトの番組。ただ、「わずか25分間で、他人の人生をのぞき見できて、自分の人生を振り返ることができる」という切り口は、公私ともに忙しい現代人にとって効率がよく価値が高い。
つまり、「NHKにとっては斬新、視聴者にとっては有益な番組」ということか。ところが、民放のテレビマンにしてみれば、「その程度の企画は通らない」「NHKだから許される」という平凡な番組に見えてしまうだろう。特に、視聴者の目が肥え、ネットでの発信が増えたことを意識し、「もっと企画を練らなければ」ともがいているテレビマンほど、そう感じるのではないか。
「数ある習いごとの中で、なぜバク転を選んだのか?」…本人たちのコメントを聞けば、その理由がいかに単純なものかが分かる。この番組も、「いかに単純なものがマスにウケるか」を立証するものであり、その意味でテレビ業界にとっては重要なサンプリングなのかもしれない。
次の“贔屓”は…今最も発言がネットニュース化される『ワイドナショー』
今週後半放送の番組からピックアップする"贔屓"は、22日に放送される『ワイドナショー』 (フジテレビ系、毎週日曜10:00~)。同番組は、MC・東野幸治、コメンテーター・松本人志、週替わりゲストが旬のニュースを徹底討論するエッジの効いたワイドショー。松本の発言を中心に、「今最もネットニュースになりやすい番組」と言われてひさしい。
ただ、中居正広、小倉智昭、安藤優子、坂上忍らが出演していたころと比べると、ゲストの人選が保守的な印象もあるが、番組としての姿勢は変わっていないのか。裏番組の『サンデージャポン』(TBS系)とも比較しながら見ていきたい。
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者。毎月20~25本のコラムを寄稿するほか、解説者の立場で『週刊フジテレビ批評』などにメディア出演。取材歴2,000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日の視聴は20時間(2番組同時を含む)を超え、全国放送の連ドラは全作を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの聴き技84』『話しかけなくていい!会話術』など。