あすからゴールデンウィーク、連休中の天気模様を知りたいと朝の情報番組を観ていた人も多かっただろう。そこに飛び込んできたのは、"紀州のドン・ファン"と呼ばれた資産家の不審死事件の速報。殺人の疑いなどで逮捕されたのは、元妻の女だった――。
急転直下と感じる人がいるかもしれないが、取材関係者の間では想定内の動きだったのではないだろうか。テレビでの報道と、それ以外の報道を比べながら解説したい。
新聞の広告や電車の中吊りをチェックしている人なら気づくことだが、実は逮捕当日発売となった『週刊文春』、『週刊新潮』ともに、不審死事件について報じている。大きな特集ではなくて、ワイド記事の1つとしての掲載。実名を出さず、須藤早貴容疑者を「Sさん」と表記して、整形手術を受け別人のような容姿になっていることや、海外への逃亡いわゆる"高跳び"も企んでいたとしている。中身に興味がある方はそれぞれを手に取って読んでもらうとして、ライバル関係にある両誌が同時期に記事化するという事態に着目したい。捜査関係者、それを取材する周辺関係者からの情報を端緒にしたものだろうが、もう状況としては"詰んでいた"から、両誌ともに今書かずして、いつ書くんだという段階にまできていたのではないだろうか。
文春、新潮が報じたタイミング
では両誌は逮捕のタイミングが、発売日当日になると想定して記事を掲載したのかというと、そんなことはないだろう。むしろ逆で、筆者は、週刊誌の報道が逮捕を少し早めたとみる。捜査関係者は捜査の妨害につながるような報道を極端に嫌うのと同時に、対象者の行動を制約するなどの目的で、意図的に情報をリークする場合もあって、マスコミをうまいように利用している。今回はおそらく、意図的かどうかは一旦脇に置いといて、ゴールデンウィーク明けに大きな動き=逮捕がありそうという情報を一部マスコミが掴んでしまった。そして『文春』、『新潮』が記事化するという動きが捜査関係者に逆流。そこでゴールデンウィーク明けの逮捕を検討していた捜査機関が、記事を目にした須藤容疑者に変な動きをさせないためにと、週刊誌発売日当日に時期を早めて逮捕に踏み切ったのではないだろうか。
変な動きにはもちろん先述した"高跳び"が含まれるし、それは逃亡の恐れありとして逮捕の必要性が認められることになる。ただ逮捕の理由にはならないが、やはり捜査関係者が一番恐れるのは対象者の自殺。法によって裁けない状態になってしまうどころか、事件自体の真相が究明できない。そのことは何としても避けたいのだ。このまま書くと、週刊誌が先行していたように見えてしまうので、テレビの報道関係者が事態を察知していたかについて考えてみたい。各社のニュース映像を見比べると、色々なことが分かってくる。多くの人は、捜査員に囲まれながら羽田空港の階段を下りてくる須藤容疑者の映像をテレビのニュースで見ていることだろう。そして、次に出てくるシーンは南紀白浜空港での様子だろうか。
実はこの東京都内から和歌山県の田辺警察署へ移送される過程の映像で、取材の違いが浮かび上がってくる。ある局にはあって、ある局にはない映像があるのだ。品川区の自宅から出てくる須藤容疑者の映像があるか、ないかだ。これが意味するのは、1.今日逮捕されることが分かっていること、2.容疑者の自宅が分かっていること、この2点を押さえているということだ。
試される報道機関の取材力
そういう観点でニュース映像を見直すと分かるのだが、須藤容疑者が捜査員に連れられて自宅から出てくるところを撮影したのは、NHKとテレビ朝日の2局。しかし、だからといって、単純にこの2局の取材力がすごいと結論づけるのは違う。品川区の自宅前で撮影したチームは1.と2.の情報を伝えられていただけで、それらの情報を把握できたのは、和歌山県警など捜査機関に取材する地元の局、つまりNHKであればNHK和歌山放送局、テレビ朝日系列であればABCテレビによるところが大きいと思われるからだ。
もちろん、着手の情報が地元からしか出てこないかといえば、そういうわけでもない。もしかしたら渋谷にあるNHK取材センターの社会部が、警視庁筋から拾ってきた話かもしれない。警察が他都道府県の管轄に入る際には連絡を取り合うし、そういうところから情報が逆流する可能性があるかもしれない。また、今回の捜査には大阪府警も参加していたという報道もあるので、その関係でどこかが端緒を掴んだ可能性もあるかもしれない。ただ、最終的に記者が内容を確認=あてる相手は、地元・和歌山県の捜査機関ということになるだろう。
というわけで、今回の逮捕劇が、一部関係者の間では想定の範囲内であったことが分かるだろう。しかし、重要なのはこれからである。今世の中に出ている報道内容はあくまで世に出せる範囲のもので、しかも状況証拠の話ばかり。どうやって裁判を闘うのか、決定的な物証はあるのか。それ以前にきちんと起訴までいけるのかも含めて、注目すべき点は多い。その内容をテレビで知るか、新聞で知るか、週刊誌で知るか、そしてネットで知るか。耳目を集める事件だけに、捜査機関の立証能力が問われているのと同時に、報道機関の取材力も試されているのではないだろうか。