競馬場でパスタが食べられると聞いて、どんなイメージを抱かれただろうか。おいしそう、とは思わなかったという方には、考えを改めていただく必要がありそうだ。“日本競馬の顔”ともいわれるJRA(日本中央競馬会)の東京競馬場には、絶品のミートソースがある。
日本ダービーやジャパンカップなど、国内最高峰のレースが行われることで知られる東京競馬場(東京都府中市)。ここを舞台とするG1競走は全8レースと国内最多だ。これまで、数多の名馬たちが胸を熱くするドラマを繰り広げてきた東京競馬場は、いわば聖地である。
過去には1日で19万6,517人の来場者を収容したこともある同競馬場。“腹が減っては戦はできぬ”ということわざもあるが、当地を訪れた人々は一体、どんな名物グルメで胃袋を満たしてきたのだろうか。
パスタが1日700杯?
そんな疑問を抱きつつ、まず訪れたのは、フジビュースタンド1階にあるファストフードコート(イースト)だ。6店舗が並ぶこのエリアに足を踏み入れると、「パスタ デ ドマーニ」なる店舗が目に入った。競馬場でパスタ? 多少の違和感を抱きつつ、店長の龍幸嗣さんに話を聞いた。
――すみません、こちらのお店はいつオープンしたんですか?
「フジビュースタンドができてからなんで、今年で13年目ですね」
――もともと龍さんは、競馬ってお好きだったんですか?
「私は全く、ギャンブルをやりませんでした。当店のオーナーに知り合いから『飲食店をやらないか』という話があったんですが、その場所が競馬場だったんですよ」
――そうなんですね。あまり競馬とイメージが重ならないんですが、なぜパスタにしたんでしょう?
「そうですよね。いろいろと案が出た中で、競馬場の若返りということでパスタに着目しました。開店してみたら、予想外にウケましたね」
――現在、お店では何種類のパスタを販売しているんですか?
「全部で4種類です。ただ、週替わりで提供しているものもあるので、レパートリーは30種類ぐらいあります」
――その中で、一番人気は?
「常に人気があるのはミートソース(570円)ですね。1日の販売数の7割ぐらいです。杯数でいうと、だいたい700杯ほどでしょうか。開業当時からのリピーターのお客さまも多いんですが、年配の方にも好んで食べていただいているのには、ちょっとびっくりですね」
――700杯ですか! ミートソースが愛される秘密を教えていただけますか?
「秘密ですか(笑)。そうですね、ミートソースだけではないんですが、提供しているソースは全部、店舗で手作りしています。開催シーズンは月~金で仕込んで、土日で売るのが当店のスタイルです」
――ということは、月曜日から仕込みが始まるわけですね。
「肉を炒めて、野菜をみじん切りにして、ワインとフレッシュトマトを入れて6時間ほど煮込むので、どうしても時間がかかります。それに、冷ましてから3~4日寝かせてますし。煮物なんかだと寝かせて味を染み込ませますが、そういう意味では、当店のソースも煮物なんですね。やっぱり寝かせると、一癖も二癖もある味が出てくるんです」
――なるほど。仕込みにしっかりと時間をかけるからこそ、人気の味ができるわけですね。しかし、また随分と手間ひまが掛かっていますね。
「好きでやっているんですが、そこはこだわりですね。だからこそ1杯を安く提供できるし、そこが手作りの強みだと思います」
ここまで話を聞くと、食べてみないわけにはいかない。そこで、店長自慢の「昔ながらのミートソース」と、東京競馬場では同店だけが提供しているという「シャンディー・ガフ」(600円)を注文した。
店長が手間暇かけて仕込んだ手作りソースをパスタにたっぷりと絡め、さっそく食べてみる。少し甘めのソースは、どこかで食べたことがあるような懐かしい味に感じた。パスタの硬さはアルデンテぐらいだろうか。それにしても、パスタとミートソースが実によくマッチしており、フォークを持つ手が止まらない。ものの数分で、あっという間に完食してしまった。
知る人ぞ知る? 東京競馬場の穴場グルメ
「パスタ デ ドマーニ」を後にして、東京競馬場をブラブラと散策していると、先ほどいたフジビュースタンドのちょうど反対側、メモリアルスタンドに隣接する東無料休憩所のわきに気になる店舗を発見した。
店舗の名前は「戸松」。いかにも年季の入った店構えに、心が躍る。タイミングよく2代目店主と遭遇することができたので、直撃した。
――すいません。「戸松」さんはいつごろから営業されているんでしょうか?
「30~40年ぐらい前からですね」
――結構、見つけづらい場所にありますよね?
「一番悪い場所みたいです(笑)。地図を見ながら探しに来る人も多いですし、競馬場の案内係の人も、分からないからって見に来るぐらいなんですよ」
――案内係の人も分からない場所なんですね(笑)。そんな「戸松」さんですが、人気メニューは何でしょうか?
「2014年に(東京競馬場のグルメNO.1を決める)グルメグランプリで1位になったこともある鳥もも(400円)ですね。スペシャル(460円)もあるんですが、今日はもう売り切れちゃいました」
――まだお昼過ぎですけど、もう売り切れてしまったんですか?
「うちのチキンは生肉から揚げているんですが、店の特製ダレで生肉に下味を付けます。その後も、味が馴染むように、粉をつけて少し置いてから揚げています。なので、どうしても時間がかかるんですね。だから、数が限られちゃうんですよ」
――そうなんですね。それにしても、これからの季節は「おでん」も売れそうですね。
「おでんは卵、大根、ちくわ、さつま揚げやごぼう巻きの練り物の7種類がセットで410円です。これから寒くなってくるので、ぴったりだと思いますよ」
「おでん」も気になるところだが、今回はグルメグランプリで1位に輝いたという実力を確認するべく「鳥もも」を注文した。
揚げたての「鳥もも」を片手に、天気もいいのでスタンド前に移動することにした。スタンド前にて改めて「鳥もも」を見てみると、その形に思わず、さすがは競馬場グルメと唸った。
ちょっと食べるのがもったいなく感じるが、さっそく食べてみることにした。決して、アツアツの「鳥もも」を持つ手が熱くてたまらなかったわけではない。
さっそく豪快にかぶりつくと、まずはパリッとした食感が。そして、噛むほどに肉汁がしたたってくるジューシーさに驚く。どうやら、生肉にこだわる理由はこのあたりにあるようだ。それにしても、普段口にするフライドチキンとは役者が1枚も2枚も違う感じがする、極上の1品だった。
さすがは、日本を代表する競馬場だ。次々に遭遇する名物グルメは、どれもハイクオリティだった。次回は東京競馬場の後編として、競馬の予想を後押ししてくれるグルメとともに、令和になって初めての「天皇賞・秋」を観戦する。