鉄道のレールは表面がなめらか。そのおかげで重い車体がスムーズに動き、乗り心地も良い。ところが、世の中にはわざと表面をデコボコに加工したレールがあり、日本では大井川鐵道が採用している。どうしてレールをデコボコにするのか。乗り心地はガタガタではないのか。さっそく確かめに行ってみた。
デコボコなレールがある鉄道路線は、大井川鐵道の井川線だ。大井川鐵道といえばSL列車が有名。しかし井川線はSL列車が走る大井川本線の終点、千頭駅からさらに先へ進み、山奥の井川駅までを結んでいる。元々は大井川水系のダムや発電所の建設資材を輸送するために作られた鉄道だったという。現在もダム管理事務所などへの物資輸送を行っているが、観光鉄道としても活躍している。
井川線は千頭 - 井川間で約23km。そのうち、アプトいちしろ - 長島ダム間の1.5kmが「デコボコなレール」の区間である。井川線は現在、千頭 - 奥泉間が落石の危険があるためバス代行となっているので、奥泉駅から列車に乗車した。アプトいちしろまでは普通の鉄道、つまり、2本のすべすべしたレールだった。
ところがアプトいちしろ駅に着くと、2本のレールの間にもう1つレールが置かれている。これがデコボコのレールだ。実際はデコボコなレールだけがあるのではなくて、普通のレールとデコボコなレールを組み合わせた線路だった。
急勾配を昇り降りするための歯車を噛みあわせる
このデコボコなレールは鉄道用語で「ラックレール」呼ばれている。急勾配区間を列車が走行するとき、通常のレールだけでは車輪が空転して上れない。下りではブレーキが利かない。そこで、機関車側に歯車型の車輪を搭載し、ラックレールに歯車を噛みあわせて走行するという仕組みになっている。
ラックレールにはいくつかの種類があって、大井川鐵道に採用された方式は、複数の歯車を使い、角度を変えて重ねるタイプ。これは原案者の名前をとって「アプト式」と呼ばれている。
かつて大井川鉄道井川線は、全線が普通のレールだった。しかし沿線で新たに「長島ダム」が建設されることになり、井川線の一部区間はダムの湖底になるところだった。そこで井川線の線路を移転。このとき、90‰(1km進むと90m高くなる)の急勾配区間ができたため、アプト式を採用したという。
アプト式は、国鉄の信越本線の横川 - 軽井沢間にも採用されていた。66.7‰という碓氷峠の急勾配を克服するためだった。しかし、鉄道の登坂技術が進歩したため、1963年に普通の線路に切り替えられた。一方、井川線のアプト式区間の開業は1990年で、27年ぶりにアプト式が復活したことになる。アプト式は日本でここだけの珍しい線路だ。大井川鐵道井川線に乗ったら、美しい景色だけではなく足元の線路にも注目してみよう。