鉄道に興味がない人にとって、通勤電車など元からどれも同じに見える。外観は直方体で銀色。路線をイメージする色と、先頭車のデザインが違うくらい。1両に扉が4つあって両開き、座席はベンチのようなロングシートで、車両の隅に優先席がある。JRも私鉄も地下鉄も、だいたいそんなもの……。
それでも鉄道事業者は工夫を凝らし、個性を主張し、少しでも快適で便利な車両を導入してきた。鉄道ファン達もそれを個性と感じて楽しんできた。ところが、最近はなんとなく、事業者の垣根を越え、似ている電車が増えている。
外観では運転席付近の構造や窓の配置、乗降扉の間隔、車体側面の丸みの付け方。車内のデザインも共通点が多く、天井と壁のつなぎ目の処理、荷棚や手すりの位置、扉を開閉するときのチャイムや、扉回りの黄色い縁取りも似ている。乗ってしまうと、どの路線も同じかと思う。
似通った車両が増えた理由は、単にデザインが流行しているからというだけではない。車両を製作するにあたり、仕様を共通化したことが理由のひとつになっている。これは鉄道事業者が鉄道車両を導入する方法が影響している。鉄道事業者は自社で鉄道車両を製造していない。鉄道車両メーカーに発注して製造し、購入している。
鉄道車両メーカーが共通仕様を定めて鉄道会社に提案し、複数の鉄道会社が同じ仕様を採用すれば、当然ながら似た車両になる。タクシーで例えると、AタクシーもBタクシーもトヨタ「クラウン」を発注すれば、当然ながら両社とも元の車種は「クラウン」で同じ。細部のデザインなどで各社の個性を出すことになる。
かつては鉄道事業者ごとの独自仕様が目立った。鉄道路線はどれも同じではない。輸送量が違うし、走行距離も違う。平坦なところばかり走る路線もあれば、山岳路線のような勾配を走る路線もある。そこで、鉄道事業者は鉄道車両メーカーと共同で設計図を作成した。そして、必要な車両数が多い場合は、同じ設計図をもとに複数の鉄道車両メーカーへ発注していた。
なぜ同じメーカーが作らないかというと、大量の受注に応じられるメーカーが少ないから。たとえば、鉄道事業者が「来年3月までに10両編成の電車を30本ほしい」と言っても、合計300両の車両を一度に作れるほどの工場を持つ車両メーカーは少ない。製造ラインを持っていたとしても、他社からの受注を抱えていることが多い。そのため、必要な期日に間に合わせるには、A社とB社に100両、C社とD社に50両ずつ製造してもらうといった方法を取る必要がある。ただし、この方法には問題がある。どの工場も少量生産になるため、製造費用を下げられない。
さらに、同じ形式を継続的に大量に導入する時代が終わり、短い周期で新型車両を開発、導入する傾向になった。工業技術の進歩の速度が速く、最新技術を導入したほうが省エネルギー、ハイパワーになる。制御機器もIT技術の導入が進む。かつて鉄道車両は同じ形式を10年以上にわたり製造する事例もあった。車両自体は少なくとも20年程度は使える。
しかし、現代は5年もすれば新しい技術と性能を持った車両を製造できる。逆に、古い部品は製造されず調達できないため、同じ形式を長期間維持できない。そこで、生産コストと調達のスピードを上げるため、鉄道車両、とくに生産数の多い通勤電車について、部品や設計を共通化してコストを下げるため、鉄道車両メーカーから鉄道会社へ提案する流れになってきた。
その転機となった電車のひとつがJR東日本のE231系だった。東海道線などで使う一般形と山手線などで使う通勤形を共通仕様とし、用途によって性能や外観を手直しする。この方式によって、複数の路線に対して共通仕様を大量に導入し、生産コストを下げた。設計はJR東日本と、当時、ステンレス車両の製造で定評のあった東急車輛が共同で実施した。製造は東急車輛、JR東日本の自社工場である新津車両製作所、川崎重工が担当した。
ここまでは従来の鉄道車両の製造手順だけど、ここから先の展開が従来と異なっていた。E231系は同形式の大量生産を実施したため、製造コストが下がり、生産効率も上がった。そこで、E231系の仕様を他の鉄道会社にも提案した。東急車輛は親会社の東急電鉄向けに、E231系を手本として5000系を製造した。新津車両製作所もE231系の基本設計を取り入れた相模鉄道10000系を製造した。
共通仕様による鉄道車両は、製造コストの低下だけではなく、保守についても効率化できた。鉄道車両メーカー、部品メーカーが参加する「日本鉄道車輌工業会」は「通勤・近郊電車の標準仕様ガイドライン」を策定した。共通仕様方式の利点を多くのメーカーが採用できるため、さらにいうと、共通仕様方式をJR東日本と東急車輛の独占状態にしないためだ。
従来は、どちらかといえば発注側の鉄道事業者が主導し、受注側の鉄道車両メーカーが協力するという方法だった。標準仕様ガイドラインが策定された後、鉄道車両メーカーが提案し、鉄道会社が採用するという形になってきた。
そして次の段階が、車両メーカーによる「標準仕様のブランド化」だった。
東急車輛の鉄道車両製造事業は後にJR東日本が経営権を取得し、2012年4月に総合車両製作所を創立。2014年4月にJR東日本新津車両製作所の車両製造事業を経営統合した。総合車両製作所はステンレス車体製造技術を最大限に取り入れた鉄道車両仕様「sustina(サスティナ)」をブランド化しており、JR東日本や東急電鉄の新型車両をはじめ、静岡鉄道A3000形、京王電鉄5000系などを製造している。
アルミ車体を得意とする日立製作所のブランドは「A-train」。ステンレス車体が側面、妻面、床、屋根を組み立てフレームで補強する方式に対し、アルミを押し出して二重化された車体外枠をいっぺんに作り、軽量化と強度を保つ。JR九州の電車をはじめ、大手私鉄などでも採用されている。
川崎重工は「efACE(イーフェース)」という標準車両を開発した。アルミ車体とステンレス車体のどちらかを選択でき、標準設計の車体構造をもとに、先頭車運転台付近の形状や内装などをカスタマイズできる。とくに内装面では、あらかじめ別の場所で組み立てたモジュールを取り付けるという工程を採用している。JR西日本など関西の鉄道事業者を中心に、JR北海道の電車などでも採用されている。
日本車両(日本車輛製造)はブランド名にはなっていないけれど、「日車式ブロック工法」という製造技術がある。ステンレス車体の側面を1枚の鋼板とせず、車端部、乗降口部、中間窓部として別々に製造し、溶接してひとつの側面を作る。名古屋鉄道や名古屋市営地下鉄をはじめ、首都圏だと小田急電鉄の車両にも採用されている。
それぞれのブランドで製造された電車は、納入された鉄道事業者が違っても、どこか共通点がある。これが、鉄道ファンから見ても似た電車が増えてきた事情だ。最近は鉄道事業者の要求に応じてカスタマイズ性が向上しており、前面形状や車内の様子だけでは判別しにくい。車内の連結面、車体番号表記のそばに車両メーカーの銘板があるので、類似性を探してみても面白い。総合車両製作所は「sustina」ブランドを強く意識しているようで、車両メーカーの銘板の他に「sustina」の銘板を掲示している車両もある。