小田急電鉄の最新型ロマンスカーGSE(70000形)は、今年3月に第1編成がデビューし、7月に第2編成が就役する予定となった。華々しく登場したこの車両について、地味だけどいい話がある。デッキのゴミ箱はすべて、下り進行方向の左側に配置されているという。そこには2つの意味があった。
第1編成の報道関係者向け試乗会が行われた際、ロマンスカーSE(3000形)の開発に携った生方良雄氏がいらした。小田急電鉄で車両部長を務め、退社後も小田急電鉄関連の著書を多く手がけ、小田急ファン、鉄道ファンにとって神様のような人物である。生方氏にとってGSEは、ロマンスカースピリットを宿した孫のように存在に違いない。
早速、GSEの感想を伺ったところ、意外な指摘があった。ゴミ箱だ。
「デッキのゴミ箱が、すべて海側にありますね。こうすると、お客様の乗降がスムーズになるんです。新宿も箱根湯本も、降り口は山側ですから。設計担当者が現場の声をきちんと汲み取ってやってるんですね。いいことだと思います」
それは気がつかなかった。試乗会では車両を汚してはいけないので、当然ながらトイレは使用禁止。飲食も厳禁だからゴミ箱も使わない。ゴミ箱の位置と言われてもピンと来なかった。しかし後日、新宿駅から小田原駅までGSEに乗ったときにわかった。降車するとき、空きペットボトルを捨てようとしたら、たしかにゴミ箱が降り口の反対側にある。
もし降りる側にゴミ箱があったら、降車する客がゴミ捨てのために立ち止まる客に詰まってしまう。ゴミ箱が反対側にあるおかげで、降車客とゴミを捨てる客がデッキで分離され、降車の流れが良くなる。
しかし、これはすべての車両で同じ仕様だろうか。たまたまこの車両だけかもしれない。生方氏はすべての車両をチェックしていただろうか。小田急電鉄の公式サイトには、ロマンスカー車両の座席配置図が掲載されているけれども、ゴミ箱の位置までは記されていなかった。歴代ロマンスカーはどうだろう? 小田急電鉄に聞いてみた。
「GSEでは、箱根湯本駅において、降車の方の列とゴミをお捨ていただける方の列が一旦分かれる動線となるよう、全車両のゴミ箱を海側(出口と反対側)に設置しました」
やはり、GSEのゴミ箱はすべて海側に設置されていた。そして理由は、単純に降車客の流れを良くするためだけではなかった。新宿駅と箱根湯本駅で、折返し時間を短縮したかったからだという。
新宿駅は列車の発着本数が多く、ホームを効率よく使いたい。箱根湯本駅はロマンスカー用のホームがひとつだけ。折返し時間を短縮すれば、ロマンスカーの発着回数を増やせる。そのために、乗降にかかる時間を短くしたかった。
「課題解決のために、箱根湯本駅で旅客動向を確認いたしました。ありがたいことにゴミ箱にゴミを捨てる際に、 缶類などをていねいに分別して捨てていただけるお客さまが多くいらっしゃると気づきました」
ロマンスカーの乗客もすごい。いや、これは小田急電鉄に限らず、日本でゴミ分別の慣習が定着しているということかもしれない。ゴミ捨てがていねいだ。
「出口と反対側にゴミ箱がある車両では、全般的にスムーズに降車いただいていて、 出口側にゴミ箱がある車両は、すべての方に降車いただくまでに時間がかかることがわかりました」
なるほど、観察は大切だ。結果としてゴミ箱は海側、つまり箱根湯本駅1番線ホームの反対側に設置された。新宿駅3番線ホームを発着する場合や、途中停車駅では反対になる場合もあるけれども、最も降車客が多い新宿駅2番線ホームや箱根湯本駅1番線ホームにおいて、効果は出ているそうだ。
GSEの車両設計図の数は従来の2倍になっている
ゴミ箱の位置を統一するという話はひと言で済むけれども、じつは、設計上の手間は大きいという。
「鉄道車両は一般的に、ひとつの車両の図面を描いたら、その図面を反対側にしてもうひとつの車両に使用します。 たとえば、GSEの場合は、従来のやり方にならうと、70051号車(7号車)の図面をそのまま反対にして、70351号車(1号車)に使用できます」
他のロマンスカーの座席図を見ると、たしかに編成の中央を境目に、客室設備が180度反対になっている。同じ設計図を使った対になる車両があるということになる。同じように、GSEも7号車と1号車、6号車と2号車、5号車と3号車の図面を反対にすれば、部品も共通化でき、コストダウンを図れた。
しかし、この方法だとゴミ箱の半分は山側になってしまう。そこで、GSEでは「反対側作り」をやめて、すべての車両に新しい図面を制作する手間をかけた。それはおそらく、ゴミ箱だけが理由ではないだろう。公式サイトの座席図を見ると、トイレの配置も正反対ではなく、男性用トイレが両方とも下り列車の進行方向の右側に位置している。
GSEでも扉の位置は180度反対側になっていて、これは従来のEXE(30000形)やMSE(60000形)にそろえた形になっている。ホームでの案内の都合だろう。しかし、客室設備は180度反対になっていない。ひとつひとつ手間をかけてつくっている。ゴミ箱の話題から話は広がり、GSEの設計思想の片鱗に触れるエピソードとなった。
ちなみに、GSEの試乗会では気づかなかったけれど、実際に小田原駅まで乗ってみると、大きな窓のおかげで中間車の眺望も良好。海側(下り進行方向左側)からも山側(進行方向右側)の丹沢山地の稜線が見えた。7月から第2編成が投入され、乗車機会も増えるので、ぜひ、新型ロマンスカーの旅とスムーズな降車を体験してほしい。