「東京23区を全部言えるか」と言われると、東京に住んでいる人もちょっと怪しい。自分の生活範囲から遠い区はなかなか思い出せない。ところで、1959年(昭和34)4月、東京23区のある区と同じ名前の列車が走った。ヒントは「東京マラソン2017のコースが通っている」「列車名は漢字ではなく、ひらがな」だ。

東京23区とマラソンコース。列車名はどれ? (「白地図専門店」の素材より作成)

東京都の特別区は1947(昭和22)年に制定された。現在の東京23区を50音順に列挙すると、足立区、荒川区、板橋区、江戸川区、大田区、葛飾区、北区、江東区、品川区、渋谷区、新宿区、杉並区、墨田区、世田谷区、台東区、中央区、千代田区、豊島区、中野区、練馬区、文京区、港区、目黒区。この中に列車名が隠れている。

今年2月26日に開催される「東京マラソン2017」のコースは、新宿区の東京都庁をスタートして四ッ谷方面に進み、千代田区に入って飯田橋から神田方面に進んで中央区に進む。その後、台東区浅草、墨田区両国、江東区門前仲町を中間点として戻り、墨田区、台東区、中央区、千代田区を巡り、港区の品川駅前北側で折り返して、千代田区の東京駅前行幸通りがゴールとなっている。

この経由地、新宿区、千代田区、台東区、墨田区、江東区、港区の中に、列車名と同じ名前がある。それは千代田区だ。1959(昭和34)年4月10・12日だけ運行された臨時準急「ちよだ」である。運行された理由と列車名は、この日付に関係がある。

昭和34年4月10日を特別な日としてご記憶の方もいらっしゃるだろう。この日、昭和天皇の皇太子、明仁親王(現在の天皇陛下)と正田美智子さん(現在の皇后陛下)の結婚の儀が執り行われた。民間出身の皇太子妃であり、自由恋愛が実ったというシンデレラ物語が国民に大歓迎された。美智子様の名前から「ミッチー」ブームが起きた。

当時は「もはや戦後ではない」といわれた好景気であり、前年にはテレビ塔の東京タワーも完成。テレビの普及も相まって、ミッチーのファッションに憧れる女性も多かったという。そして皇太子様、美智子様と同じ年、できれば同じ日に結婚しようという男女も多かった。後に「あやかり婚ブーム」と呼ばれた。

臨時準急「ちよだ」は、「あやかり婚」ブームで挙式を迎えた夫婦の新婚旅行列車だった。『国鉄・JR臨時列車ハンドブック』(新人物往来社)によると、運行区間は東京~伊東間、運行日は結婚の儀の4月10日とその2日後の4月12日、運行時刻は下りが東京駅16時45分発・伊東駅18時53分着、上りが伊東駅19時18分発・東京駅21時17分着だったという。

4月10日夕方に伊豆へ発ち、4月12日の夜に戻ってくる。当時の首都圏からの新婚旅行は熱海・伊豆が人気だった。旅行期間は2泊3日が相場だったというから、まさに新婚旅行におあつらえ向きの列車だ。

『国鉄準急列車物語』(JTBパブリッシング)によると、使用された車両は20系電車。1958年11月から東海道本線の初の電車特急「こだま」に投入された。後に151系に改番され、さらに走行装置の改造を受けて181系になった電車である。特急列車用に作った電車を半年も経たないうちに準急として走らせた。異例のはからいだ。

準急列車に特急用車両とは、急行を飛び越して2段階の格下運用になる。かなり豪華な準急列車だ。しかも、たった2日間、1往復ずつの運行にもかかわらず、特製ヘッドマークも掲げられた。全国的なお祝いムードの中で、国鉄としても大サービスだった。

2015年に再現された「準急ちよだ」ヘッドマーク(小松市/ボンネット型特急電車保存会)

時は流れ、2015年5月に臨時準急「ちよだ」のヘッドマークが復活した。実際に「ちよだ」が走ったわけではなく、石川県小松市で保存・展示されている489系電車に取り付けられた。展示された先頭車両は20系(181系)に似たボンネットタイプ。鉄道史の中で一瞬しか登場しなかった幻の臨時準急「ちよだ」の姿が期間限定で再現された。

この489系電車は石川県小松市が所有し、ボンネット型特急電車保存会が管理している。所在地の「土居原ボンネット広場」は北陸本線小松駅から徒歩3分の場所にある。ボンネット型特急電車保存会によると、「ちよだ」は皇太子様、美智子様の新居である皇居の所在地にちなんで名づけられたとのこと。

「ちよだ」再現のきっかけは、小松市で開催された「全国植樹祭」だった。天皇皇后両陛下がご臨席になる式典で、大勢の市民が出迎えた。「土居原ボンネット広場」の489系電車は両陛下の車列からお見えになる場所とのことで、警備関係者の協力をいただき、歓迎の気持ちをヘッドマークに託したという。その思い、きっと届いたに違いない。