東京メトロ日比谷線の新型車両13000系の特別運行が始まった。アルミ製の銀色車体にブラックフェイスの精悍な姿だ。運転席周りの窓ガラスが側面に回り込む「パノラミックウインドウ」は、日比谷線の初代3000系、2代目03系のデザインを踏襲している。これは13000系とほぼ共通仕様となる東武鉄道の新型車両70000系との違いのひとつでもある。

日比谷線の初代車両3000系

ところで、日比谷線といえば、初代の3000系は同じ銀色車体でも素材にステンレスを使っていた。特徴は曲面を使った前面デザインで、パノラミックウインドウとともに頭部の丸みもユニークだった。車体の腰から下は「コルゲーション」と呼ばれる波板が回り込んでいる。この前頭部とコルゲーションがクジラの体の模様に見えることから、3000系の愛称は「まっこうくじら」だった。現在は長野電鉄で3500系として活躍中だ。

ステンレス車体でコルゲーションと呼ばれた波板は、日比谷線の3000系だけではなかった。車両のステンレス化をいち早く推進した東急電鉄の電車もコルゲーションを身に付けていた。海外の鉄道車両のステンレス車体も同様だ。しかし、現在のステンレス製車両にコルゲーションはない。コルゲーションはなぜ流行し、なぜ現在は廃れたか。

コルゲーションは当時のデザインの流行で、銀色1色のステンレスではつまらないから飾りの帯を入れたと考える人もいるかもしれない。たしかに流行っていたし、デザインも理由のひとつだろうけれど、コルゲーションの本来の目的は違う。コルゲーションは単なる飾りではなく、ちゃんと理由があった。その目的とは、車体の製造中、溶接したときに発生するゆがみを隠すためだった。

東急電鉄5200系(日本初のステンレス車体)

東急電鉄7000系(車体の裾部分にスポット溶接のゆがみが見える)

初期のステンレス製車両では、車体の組立てに「スポット溶接」という技術を使っていた。ステンレス板同士を接着する場合に、互いに強い圧力で押し付けながら大電流を流す。ステンレス板は電気抵抗で発熱し、溶けてくっ付く。この方法は溶接時間が短く済むというメリットがある。

しかしスポット溶接の「強い圧力で押し付けながら」の影響で、溶接した点を中心にゆがみができる。ステンレスは銀色に輝くし、電車の車体は大きいし、ホームなどで乗客の近くにあるから、このゆがみは目立つ。そこでコルゲーションという板を付けて隠した。コルゲーションもステンレス製だけど波板だから、これ自体がゆがんでも違和感はない。

スポット溶接(画像左)と重ねレーザー溶接(同右)の違い

現在のステンレス車体にコルゲーションがない理由は工法が変わったから。車体の骨組みに外板を貼る方式ではなく、「2シート工法」といって、外板の貼り合わせで強度を保つ工法が開発された。この工法は車体側面にスポット溶接を多用しない。ただし強度不足を補うため、外から目立たない妻面部分を補強している。

近年は「重ねレーザー溶接」といって、ステンレスを接着する場合に裏面だけレーザービームを当てる工法が開発された。レーザービームは裏面を溶かし、さらに接合部も溶かして接着する。相手側の表面には跡が残らない。つまり電車の車体の表はきれいなままだ。

車体の構造解析技術も進み、どちらの工法も最小限の溶接で済むようになった。車体表面からスポット溶接痕が消えたため、コルゲーションは不要になった。飾りとしてコルゲーションを残すという考え方もない。なぜなら、飾り板を付ければその分だけ車体が重くなってしまうから。コルゲーションのような波板は、洗車機で汚れを落としにくいというデメリットもあった。

もっとも、現在のステンレス車体もスポット溶接を使っている部分がある。その場合はカッティングシートを使ってゆがみを隠すそうだ。たとえばJR西日本の223系以降の戸袋部分に使われるカッティングシート。もともと、乗客の目の位置に銀色があると冷たい印象になるため、デザイン上であたたかみを持たせたいという目的がある。しかし戸袋部分や窓周りはスポット溶接を用いているため、そのゆがみ隠しの意味もあるという。