電車の車両形式は鉄道ファンの基礎知識。「モハ」はモーターを搭載した電車。「クハ」は運転台が付いている。「ハ」は普通車で、「ロ」はグリーン車。JR東日本の車両は数字の前にアルファベット「E」が付く。これは「East」、つまりJR東日本を示している。3桁の車両形式番号は国鉄時代から使われているため、JR各社が使うといずれ番号が足りなくなってしまう。「E」を付けるとJR東日本独自の車両形式とわかるし、過去の型式番号にEを付けて再利用もできる。

ところで、JR東日本の車両形式の中には、さらに左側に「◆」マークを付けた車両がある。1編成のすべてではなく、たいていは「モハ」、つまりモーター付き車両に付いている。勘の良い人なら「パンタグラフが付いている車両」と思うかもしれない。それはほぼ正解に近い。たしかにパンタグラフ付きの車両に「◆」マークが付いている。しかし「◆」マークが付いていない車両もある。

車両形式の表記に付く「◆」のマーク、見たことある?

「◆」の意味はパンタグラフに関係するけれども、有無を示すマークではない。わかりやすくいうと「中央本線の高尾~南木曾間を通っていいですよ」というしるしだ。だから中央本線を走る電車で、パンタグラフのある車両には「◆」マークがある。じつは山手線・京浜東北線の電車でも「◆」マークを確認できる。JR東海の電車にも付いている。

中央本線の高尾~南木曾間で、電車にマークを付けなくてはいけないほど要注意な存在とは何か。それは天井が低いトンネルだ。「◆」マークのある電車は、低いトンネルを通れる車両を示している。では、どうして低いトンネルは要注意になったか。中央本線の歴史をさかのぼろう。

新宿~八王子間の開業は1889(明治22)年。八王子~上野原間の開通は1901(明治34)年。塩尻駅には1906(明治39)年に到達している。もちろん非電化区間である。山岳区間が多く、途中にはいくつもトンネルが作られた。全長約4.6kmの笹子トンネルもそのひとつだった。長大トンネルを蒸気機関車で走行すれば、運転士も煤まみれで呼吸困難、客車にいる乗客も煤で汚れる。そこでなるべく早く電化したかった。

ところが、蒸気機関車の走行を前提として掘り抜いたトンネルのため、電車に電気を流す架線を取り付けられなかった。無理矢理に天井を広げるわけにはいかない。トンネルは玉子型の断面で作られており、玉子の殻状の壁面で押しつぶされないための強度を保っている。壁面を崩すなど論外だ。

この場合はどう対処するか。おもに2つの考え方がある。ひとつは新たなトンネルを作り、路線そのものを付け替える方法だ。もうひとつは、壁を壊さない代わりに、トンネルの床を掘り下げて、線路を低くする。これで天井高を稼げる。ところが中央本線の場合、もともと険しいルートが多いために新ルートは設定しづらく、トンネルも多いため、改修には膨大な費用がかかる。そこで、トンネル関連の工事はしないで、なるべく架線の吊り下げ長さを短くした。

それでも電車を通すには高さが足りない。従来の電車ではパンタグラフを上げられない。そこで、まず取られた対策が"低屋根車両"だ。同じ形式でも、中央本線に対応する車両はパンタグラフを置く部分だけ屋根を低くした。これは外観上ですぐにわかる。

通常車体(左)と低屋根車体(右)の違い略図

その後、初めから中央本線の投入を前提とした車両が作られたり、パンタグラフの小型化が進んだりと技術が進歩して、低屋根にしなくても高尾~南木曾間のトンネルを通過できるようになった。しかし、その他の電車の中には高尾~南木曾間のトンネルを通れない車両がある。外観上、違いがわかりにくい。

そこで高尾~南木曾間を走行できるパンタグラフ付き車両に「◆」マークが付けられた。これが国鉄時代から続く伝統のひとつになっている。山手線や京浜東北線など、通常は中央本線を走らない電車にも「◆」マークがある。将来転属する可能性があったり、臨時列車や回送で走ったりするかもしれない。中央本線を走る可能性がゼロではないためだ。

なお、「◆」ではなく「●」マークも存在した。こちらは北陸新幹線(長野新幹線)開業前、信越本線横川~軽井沢間で、電気機関車と連結して碓氷峠を運転できる車両に付けられていた。急行形電車169系、特急形電車189系・489系が該当したが、これらの車両は廃車や他形式への改造が進んでいる。