2014年3月14日、俳優の宇津井健さんが亡くなった。鉄道ファンにとって宇津井健さんといえば、古くは1975年の映画『新幹線大爆破』の倉持運転指令室長、近年ではテレビドラマ『さすらい刑事旅情編』の高杉俊介警部役の印象が強い。宇津井さんはホームドラマの父親役が多かった。しかし、鉄道員や警察官など実直な責任者も適役だった。
『さすらい刑事旅情編』は1988年から1995年にかけて、7期159回も制作された。宇津井さん演じる高杉警部は、警視庁鉄道警察隊「東京丸の内分駐所」のリーダーだ。旅情刑事ドラマならではの、都合の良い職業設定だと思うかもしれない。しかし、鉄道警察隊は実在する。それも、戦後に発足した鉄道公安制度を継承しているから、歴史ある職業といえる。
国鉄職員だった「鉄道公安官」
鉄道警察隊の前身は国鉄時代の「鉄道公安官」だ。正式名称は「鉄道公安職員」だった。警察から派遣された人ではなく、国鉄職員から抜てきされた。つまり、司法警察権を持った鉄道職員というわけだ。
「鉄道公安職員」の制定以前から、官営鉄道では戦前から駅長や車掌の一部が警察任務を兼ねていた。駅や列車内の治安維持のためだ。戦後になって鉄道施設内の犯罪が急増したため、鉄道職員の中から警察任務の専門職を任命した。これが鉄道公安職員、通称「鉄道公安官」である。
1949(昭和24)年に日本国有鉄道が発足し、その翌年、「鉄道公安職員の職務に関する法律」が制定されると、「鉄道公安職員」は組織化された。国鉄本社内に本部を設置し、主要駅に鉄道公安室を用意。ここが鉄道公安官の拠点となった。
鉄道公安官は国鉄職員でありながら、国鉄敷地内の捜査権を持ち、拳銃や警棒も所持していた。裁判所に令状を請求し、被疑者を逮捕する権限もあった。ただし勾留権はなく、犯人を逮捕した場合はすみやかに警察に引き渡すことと定められていた。
鉄道公安官のように、警察官でなくても捜査権や逮捕権を認められる職業を、「特別司法警察職員」という。他の分野でたとえると、いわゆる「麻薬Gメン」(麻薬取締官)は厚生労働省の職員だし、郵政民営化前の郵政省にも、「郵政監察官」という司法警察職があった。
JR発足をきっかけに正規の警察職員へ
国鉄の分割民営化が決まったときに、「民間企業に警察権力を持った社員がいてはおかしい」と問題になった。鉄道公安職員制度は廃止されたが、スリや置き引き、痴漢など、鉄道特有の犯罪は多発しており、警察機能は残すべきと考えられた。そこで、鉄道公安職員を引き継ぐ形で、鉄道警察隊が組織された。
鉄道警察隊は、東京では警視庁、各都道府県では警察本部に所属している。つまり地方公務員だ。活動範囲はJRにとどまらず、民営鉄道にも及ぶ。また、職員は生粋の警察官だけではなく、もともと鉄道公安職員で、鉄道警察隊に引き続き勤務する人も多かったという。彼ら業務継承組は、国鉄を退職して警察官採用試験を受け、あらためて警察採用されているとのこと。『さすらい刑事旅情編』で宇津井健さんが演じた高杉警部も、元鉄道公安官という設定だった。
トラベルミステリーの素材として
なお、国鉄時代の鉄道公安官もドラマ化されていた。1962~1963年に放送された『JNR公安36号』、引き続き1963~1967年に放送された『鉄道公安36号』は、公安官役として千葉真一さんが出演していた。1977~1978年に放送された『新幹線公安官』は西郷輝彦さんと坂口良子さんが熱演。ブルートレインブームを受けて1979~1980年に放送された『鉄道公安官』は石立鉄男さんが主演だった。
鉄道警察隊も、『さすらい刑事旅情編』だけではなく、柴田恭兵さん主演の『風の刑事・東京発!』があった。現在は沢口靖子さん主演の2時間ドラマ『鉄道捜査官』シリーズが好評のようだ。文学作品としては、『鉄道公安官シリーズ』『鉄道警察隊』シリーズ(島田一男著)が知られている。こちらもドラマ『鉄道警察官・清村公三郎シリーズ』の原作となっている。
鉄道警察隊は、旅情・推理・サスペンスの3要素を絡めやすく、ドラマや小説の格好の素材だ。鉄道ファンとしては、「鉄道の現場で事件が起きる」という話はどうかと思う。しかし、それはフィクションの世界。各地の列車をテレビで眺められる機会として楽しむとしよう。そして、本物の鉄道警察隊の活躍のおかげで、私たちは安心して鉄道の旅を楽しめる。この場を借りてお礼を申し上げたい。
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