きっぷの値段は「営業キロ」に応じて決まる。例えばJRの東京~大阪間の営業キロは556.4kmで、運賃表に照らし合わせると「541~560km 8,510円」の範囲となり、乗車券は8,510円とわかる。東京~新宿間は10.3km、東京~有楽町間は0.8kmで、100m刻みで決められている。
この「営業キロ」はいったい何を基準にしているのだろうか。都会の駅はホームが長い。山手線は1編成220mもあるし、新幹線は400mもある。ホームはそれより若干長いわけで、基準とする場所によってはきっぷの値段が変わりそうだ。そもそも「営業キロ」とは何だろうか。実際に測った距離ではないとすると、その差はどのくらいあるのだろう。
鉄道の運賃は距離に応じて決まる。しかし、これを厳密に適用すると面倒なことになる。電車の最前部と最後部で距離に差があるから、同じ駅で降りても運賃が変わってしまう。それは不便だというわけで、駅間距離には運賃計算の基準となる「営業キロ」が定められている。それは「終端駅の端っこ」や「駅長室の場所」が基準になっている。
国鉄時代は明確な規定があり「営業キロは、起点から停車場中心までの実測とし、1km未満は、小数点2位を四捨五入する」と定められていた。ただし終端駅については「おもな線路の終端まで」となっていた。国鉄からJRに移行した時に営業キロの見直しはなかったため、この規則が踏襲され、現在も流用されたと考えられる。
この規則にある「停車場中心」の解釈として、「駅の用地の中心」ではなく「駅長室の場所」が用いられたという。駅の物理的な中心ではなく「機能の中心」が基準となった。たしかに駅長室は改札口に近いため、旅客にとって納得しやすい。しかし、それよりもっと納得できる理由は、「駅長室はめったに移転しない」からだろう。駅の土地の中心と定めた場合、列車の編成が長くなって、ホームや駅を拡張すると、工事のたびに駅用地の中心が変動してしまう。そのたびに運賃を改定しては面倒だ。駅長室のある建物にすれば、建物を移転しない限り動かない。
こうして、ふたつの駅があったら、駅長室と駅長室の間を線路にそって計測し、その数字を元に運賃計算用の距離を定めた。これが「営業キロ」である。運賃は駅間の「距離」で決まるのではなく「営業キロ」によって決まるというわけだ。
営業キロは実際の距離ではない
この「営業キロ」は、実際の距離に応じて定められているけれど、例外も多い。駅や線路が移転しても変更されない場合があるからだ。しかし、もっとも実際の距離と差がある営業キロは新幹線である。例を挙げると、東京~新大阪間は東海道新幹線経由でも在来線経由でも552.6kmで計算する。ただし実際の距離は新幹線のほうが約37kmも短い。新幹線は高速で運転するため、線路はトンネルや直線ルートが多く、在来線と離れたルートを経由するからだ。
新幹線の営業キロについては、当時の国鉄が「新幹線は東海道線の複々線」という扱いに基づいて設定したという。しかし「実際の距離とかけ離れており、運賃を取り過ぎている」として、1972年にある利用者が裁判を起こし差額の返還を求めた。たった200円の返還を求めたこの裁判は最高裁まで争われた。結果として「営業キロの設定は鉄道事業者の裁量の範囲内」と、国鉄の主張が認められた。この裁判は社会的に大きな話題となった。もし当時、「新語・流行語大賞」があったら、「裁量の範囲内」がノミネートされたに違いない。
「営業キロ」に準じた制度として「換算キロ」や「擬制キロ」がある。赤字路線や地方の路線に対して割増運賃を設定するために作られた制度だ。直接的に運賃を上乗せすると、通常運賃の路線と割増運賃の路線を乗り継いだときに運賃の通算が面倒になる。そこで距離を若干割り増しした上で、共通の運賃表を用いて運賃を計算する仕組みである。この仕組みは名古屋鉄道も一部の路線に採用している。
本誌鉄道カテゴリでは、明日12月25日に松尾かずと氏の連載「昭和の残像 鉄道懐古写真」第40回を掲載予定です。えちぜん鉄道(福井県)の前身、京福電気鉄道の懐かしの写真を紹介します。お楽しみに