19日より、東北新幹線「はやて」「やまびこ」にもE5系車両が使われるようになった。ダイヤ改正ではないため、最高速度は時速275kmのままで、時速300kmは体験できないと予想されるが、最新システムのおかげで乗り心地が改善される。もちろんグランクラスも利用できる。

E5系車両を使用した「はやて」「やまびこ」が走り出す(写真はJR東日本提供)

ところで、E5系車両の"前身"とも呼ぶべき新幹線高速試験電車「FASTECH 360 S」(E954形)は、屋根に取り付けられた"ネコミミ"で話題になった。しかしE5系には採用されなかった。

"ネコミミ"とは、空力抵抗を利用したブレーキ装置だ。高速運転中に急ブレーキを使った際、屋根上に黄色の扇形の板が飛び出す。これで空気抵抗力が生まれて、従来のブレーキと合わせて列車を停める仕組みだった。この装置が各車両の連結部分付近(パンタグラフ付近を除く)と先頭に取り付けられた。「FASTECH 360 S」には7カ所、同時期に開発された新在直通用車両「FASTECH 360 Z」(E955形)には5カ所搭載された。

空気ブレーキが開発された理由は、時速360kmで走行しているときも、従来の列車と同じ制動距離にしようと考えたからだった。JR東日本は新幹線列車について、「緊急かつ安全に停止する距離」の基準を4,000mと設定している。最高速度が時速275kmのE2系だと、非常ブレーキを使うと4,000mで停止できる。だが時速360kmの場合、従来のブレーキだけでは車輪が滑走するおそれがあった。そこで補助的な装置として開発されたのが、"ネコミミ"こと空気抵抗増加装置だった。

現車実験を行ったところ、時速360kmの列車を従来のブレーキで停止させた場合、非常停止距離はおおむね4,300m。一方、"ネコミミ"を併用すると、ブレーキ短縮距離効果は約300mだったという。"ネコミミ"があることで、時速360kmからの非常停止距離が4,000m程度になるという結果が得られた。

時速340kmまでなら"ネコミミ"がなくても大丈夫

「FASTECH 360 S」による走行試験の結果をもとに、E5系の量産先行車が製造された(写真はJR東日本提供)

ただし、この試験ではもうひとつの結果が得られた。それは"ネコミミ"を併用しなくても、ブレーキ初速が時速340km程度なら4,000mで停止可能というものだった。

JR東日本は2007年7月の報道発表資料にて、「FASTECH 360 S」による走行試験で一定の技術成果を得られたことから、新幹線高速化に向けた量産先行車の製作に着手することを表明している。これが現在のE5系車両なのだが、その最高速度は時速320kmとされた。

"ネコミミ"(空気抵抗増加装置)についても、「最高速度からの停止距離を現行車並に確保できることが確認できたため装備しない」と明記された。

「FASTECH 360 S」の走行試験による環境評価や、営業面からの費用対効果を総合的に判断すると、最高速度は時速320kmで十分、という結論になったようだ。時速320kmなら、もし瞬間的に速度が上がったとしても時速340km以内に抑えられ、改良された従来方式のブレーキで対応できる。そうなると、"ネコミミ"はコストを上昇させてしまうだけということなのだろう。

こうして、"ネコミミ"のE5系車両への搭載は見送られることになった。"ネコミミ"ファンにとっては残念な結果となってしまったけれど、これは従来方式のブレーキを時速300km以上に対応させるという、優れた技術力の結果といえる。