SL列車に似合う客車といえば、やはり国鉄時代の旧型客車たちだ。エアコンがなく、夏は暑いし、窓を開ければ心地よい風だけでなく、煙も入ってくる。決して快適とは言えないが、少しでも過ごしやすくするため、座席にある工夫がしてあった。それはいまの車両にはないもので、妙なところに付いていた。
昔の客車にあって、いまの客車にないもの。まず思い浮かべるものは灰皿だ。窓の下に四角い灰皿が取り付けられ、掃除の時はクルッと回すと灰を落とせる仕組みになっていた。めったに触らない位置にあったものの、手持ち無沙汰になって灰皿をいじっているうちに、ひっくり返してしまい辺りを灰だらけにした。そんな記憶を持つ方もいらっしゃるのではなかろうか。
懐かしいものといえば「灰皿」と「栓抜き」
もっとも、現在は旧型客車であっても灰皿は取り外されている。2002年の健康増進法の制定によって、鉄道車両や駅の禁煙が進んだためで、カランカランという灰皿の音も姿を消した。
その灰皿のそばにあったもの、といえば栓抜きだ。現在は缶飲料やペットボトルの普及で、駅構内の売店から瓶飲料が姿を消した。だから現在の鉄道車両にも栓抜きは装備されていない。しかし、旧型客車や旧型ディーゼルカーには残されている。取り付けたままでも邪魔にならないし、取り外す手間を掛けるまでもない、ということだろう。
茨城県のひたちなか海浜鉄道では、昨年、この栓抜きを楽しむツアー『タイムスリップ、真夏の "あつ~い" レトロ列車運行 3days』も開催された。わざわざ車内で瓶飲料を販売し、昭和時代の鉄道の旅を体験しようという企画だった。また、現在も千葉県のいすみ鉄道では、キハ52形を使用した観光急行列車で瓶飲料を販売することがあるという。
栓抜きの設置場所といえば、窓側のテーブルの下。これは客車もディーゼルカーも共通だ。しかし旧型客車の一部では、もうひとつ、意外な場所に取り付けられていた。通路側の背もたれの下、前後の肘掛けの間である。
なぜこんな場所に栓抜きを用意したのだろう? 座る客だけではなく、立っている人にも飲み物をサービスしたのだろうか……、と思うかもしれないが、じつは鉄道車両の栓抜きのルーツはここ。
もともと客車には栓抜きがなく、瓶を持ち込んだ客がひじ掛けや窓に挟み、栓を抜こうとした。そのため、破損が多かったという。そこで考えられた秘策が、この栓抜き。ひじ掛けを作る際、鉄板の一部に切込みを入れて折り曲げ、加工するだけ。ひと手間かけただけで、車内の座席や窓枠は破損から守られた。その後、窓の下にちゃんとした栓抜きが付けられた。
そんな工夫も、いまは昔の物語なのである。