JR東日本のエリアの中で、東海道新幹線だけはJR東海が運営している。東海道新幹線の電車は、自社の線路を走って堂々と東京駅にやってくる。一方、JR東海の在来線電車が東京駅に到着するためには、両社の境界駅となる熱海からJR東日本の線路に乗り入れる形になる。

たとえば寝台特急「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」の車両はJR東海とJR西日本が保有しており、東京 - 熱海間はJR東日本の線路に乗り入れる。普通列車は熱海駅で折り返す列車が多いけれど、一部は直通している。JR東海とJR東日本のそれぞれの車両が互いに乗り入れる仕組みだ。都心の私鉄と地下鉄のような関係である。

ところが、JR東海の在来線車両には、JR東日本の線路を通らず、忍者のように縄張りをすり抜けて、新宿駅に顔を出す特急電車があるという。

371系は小田急線でやってくる

それはJR東海の371系電車だ。この電車は新宿と沼津を結ぶ特急「あさぎり」に使用されている。あさぎりは、JR東海が管轄する御殿場線と小田急小田原線を走る特急だから、JR東日本の線路を使わずに新宿に到達できるというわけだ。したがって、371系「あさぎり」が発着する新宿駅は小田急新宿駅である。JR東日本が一切関知しないところで、JR東日本の本社がある新宿駅にやってくる。忍者のように大胆に懐に飛び込んでくる電車だ。

小田急新宿駅で発車を待つJR東海の371系電車

2階建てグリーン車を連結する。側面に大きく「JR」のロゴが見える

特急「あさぎり」は、もともと小田急電鉄が企画した列車だ。かつては新宿と御殿場を結ぶ急行列車だった。小田急は「あさぎり」を走らせるために、小田急小田原線の新松田と国鉄御殿場線の松田駅間に連絡線を敷設した。「あさぎり」を走らせることで、小田急グループは、小田原 - 箱根登山鉄道 - 箱根登山ケーブルカー - ロープウェイ - バス - 御殿場という回遊ルートを完成させた。当初はディーゼルカーで運行していたが、その後は電車化され、3000系ロマンスカーで運行された。

「あさぎり」は小田急の車両が国鉄、のちにJR東海へ一方的に乗り入れる形だった。その後、1991年に3000系車両を引退させる際に、小田急とJR東海は「あさぎり」をリニューアル。特急列車として運転区間を沼津へ延長し、小田急とJR東海がそれぞれ新型車両を製作することになった。そこでJR東海が製造した車両が371系だ。

「あさぎり」は1日に4往復が設定されており、このうち2往復が371系、2往復が小田急20000系ロマンスカーである。つまり、371系電車は新宿駅に1日2回やってくる。ただし、371系は1編成しかないため、検査の時だけは小田急の車両が使われるとのことだ。