社会人になるのを間近に控えたエール大学の学生イアンとカートの二人が、食について探るうちに自分たちの国の食料の要でもあるコーン(とうもろこし)に行きつき、なんとアイオワに移り住んでコーン栽培を始める……。そこから明かになる事実とは? 今回はそんな異色のドキュメンタリー『キング・コーン 世界を作る魔法の一粒』をご紹介します。
まずはなんだか黄色いものがザラザラと流れていく様子。高くそびえる山の向こうから、若者が一人、駆け寄ってきます。青い空、白い雲、そして黄色い山。……黄色??
「誰も知らない秘密だ」
私たちに向かって若者がヘッドスライディングすると、その黄色い山がすべて、とうもろこし=コーンであるということが判ります。ユニークでとても印象的なオープニング。
「現代人の食べ物には 大変なことが起こっている」
「牛肉 豚肉 パン ソーダ チキン フライドポテト パスタソースも」という言葉と共にそれらを食べる人々のカットが矢継ぎ早に映し出されます。
「全部コーンで出来ているんだ」
コーン!?
なぬっ?コーン、といえば言うまでもなく"とうもろこし"。日本各地で呼び名が約270種類もあるほど、日本でももっとも身近な野菜のひとつです。確かによく考えるととうもろこしは色々な物に使われているなあとも思うのですが、まさかそこまでとは考えてもみませんでした……。そんなことを思っていると、ブッシュ大統領が声高に叫ぶシーン。
「我々はコーンを作るのが得意なんだ 世界中に売りまくろう」
続いて地図の上を広がっていくとうもろこしの粒たち。一瞬可愛く見えるのですが、その後に現れるコーンが世界を支配する!! というコピーがピッタリな映像、警告のようなコピーに反するコミカルな映像はちょっとした不気味さも感じさせます。さて、いよいよ大量なコーンの山に疑問を持った二人の若者が、普段何気なく食べているもののルーツを辿って、アイオワでコーン栽培を始めるようです。インタビューには
- 「肥満の原因にはコーンが関係している」 と語る教授
- 「全部炭水化物さ」 と背後に広がるトウモロコシ畑を指すファーマー
- 「コーンはあらゆるものに姿を変え人の体内に入る」と語る関係者
- 「食べ物じゃない クズを作っているんだ」と農場主
焼けるハンバーグや、畜舎から覗き込む牛の顔、スーパーに並ぶソースの列が要所要所でカットインするのですから、たまったもんじゃありません。うなぎ登りの緊張感、それを爆発させるさらなる衝撃の事実が。
世界一の輸入国=日本へ贈る
そうなのです! 1579年、とうもろこしが日本に渡ってきて、今では日本は世界最大のとうもろこし輸入国となり、その9割をアメリカに依存しているのです。他人事じゃありません。農林水産省に問い合わせてみたところ、平成19年度の国内コンスターチの消費量はなんと2,416,000トン。芋とカンショのでんぷんを合わせても約8倍も多い消費量です。
あなたは毎日何を食べていますか?
野菜として摂るとうもろこしや、ポップコーンは勿論のこと、私たちが普段口にする牛肉や鶏肉、豚肉の飼料にも、そして清涼飲料水やお菓子の膨らし粉や甘味料など、とうもろこしは至る所に姿形を変え潜んでいます。調理油もコーンから出来ていますが、食べ物だけじゃありません。価格暴騰が記憶に新しいバイオ燃料や紙製品、そして糊も生み出すコーンの力。「全ての道はローマへ続く」じゃないけれど、予告編にも出てくるまさに全ての「食」は"とうもろこし(コーン)"へ続く?! です。
そして、おそらくとうもろこしだと推測できる黄色くそびえ立つ山にタイトルが現れて予告編は終わります。
予告だけでも愕然としてしまう、秘められたとうもろこし=コーンの真実。本編を観たら一体、どうなってしまうんだろう?? という、"怖いもの観たさ"の心理を見事に利用したトレーラーです。「あなたは毎日何を食べていますか?」「他人事ではない」など至る所に挿入される言葉もドキドキします。
アメリカ版の予告を使用し、日本語字幕など加えたこの予告編ですが、大変興味深く出来ています。「説教がましくなく、またおもしろそうだな、ちょっと観てみたいな、と思ってもらえるように字幕や挿入文を工夫しました」と語るのは、宣伝担当エスパース・サロウの担当者。「"コーン"とだけ聞てもあまり関心を持たれないので、関心を持ってもらい観てもらうところまでもっていくのに、今でも苦心して」いらっしゃるそうです。
コーンスターチは耳にしても、コーンシロップという言葉は日本人にはあまりぴんと来ないかもしれません。アメリカではキューバ危機がきっかけで輸入できなくなったサトウキビに代わって、コーンシロップが広く使用されるようになったそう。そんなわけで、随所にコーンシロップという名前を目にします。では、日本でコーンシロップは使われないかというと、そんなことはありません。日本ではJAS法によりコーンシロップは"果糖""液糖""ブドウ糖"などと明記されていますので、成分表記だけでコーンシロップを限定するのは難しいのが実状。コーンシロップは低温化で甘みを感じるという特性があるので、主に清涼飲料水やアイスクリームなどで活躍しています。
本作が撮影されたのは2004年から2005年にかけて。編集に1年半かかり2007年にやっとアメリカで公開されましたが、この2、3年の間にとうもろこしを取り巻く状況はずいぶんと変化したようで、続編を現在製作中なのだとか。
とうもろこしの映画でありながら、"とうもろこし"だけにとどまらない本作。重要なのはコーンスターチ、コーンシロップが危険なのではなく、強力な殺虫剤を使い、またその殺虫剤に負けない遺伝子操作をされたコーンを原料としたコーンスターチ、コーンシロップがあらゆる食物に含まれているということ。また、牛肉や豚肉にしても、どんなふうに育てられた牛なのか? 消費者には口にする食物のことを知る権利とともに、知った上で選び取る義務があるんだという問題を投げかけています。実際、とうもろこしは食物繊維が豊富で栄養価が豊富、胚芽はビタミンB1とB2、E、そしてリノール酸があり動脈硬化予防や冷え性にも効果があるのだとか。ミネラルも多く含んだ美容にもいい食べ物とも言われています。
"食べること"="他の生き物から命を分け与えてもらうこと"。この事実を忘れがちな飽食の時代に是非とも観て欲しい1本です。
さて、いつも劇場でしているように、ポップコーン片手に、この映画を鑑賞しましょうか?
かつらの予告編★ジャッジ
内容バレバレ度 | ☆☆☆☆ |
---|---|
本編との共鳴度 | ☆☆☆☆☆ |
ビックリ!!考えさせられ度 | ☆☆☆☆☆ |
『キング・コーン 世界を作る魔法の一粒』
大学在籍中の親友同士イアンとカートは社会に出る前の勉強として自分たちの食のルーツを辿り、アイオワでコーンの栽培を始める。二人はコーンの栽培を通じて、国家助成金、化学肥料、遺伝子組み換えなど"食"にまつわる様々な問題に直面していくことになる─―。
監督:アーロン・ウルフ
出演:イアン・チーニー、カート・エリス、カール・バッツ ほか
4月25日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー
春錵かつら(はるにえ・かつら)
映画予告編評論家 / ライター
CMのデータ会社にて年間15,000本を超える東京キー5局で放送される全てのCMの編集業務に3年ほど携わる傍ら、映画のTVCMについてのコラムを某有名メールマガジンにて連載。2004年よりフリーライターとして映画評論や取材記事を主とした様々なテーマを執筆しながらも大手コンピュータ会社の映画コンテンツのディレクターを務めたのち、ライター業に専念、現在に至る