アメリカで絶大な支持層を持つグラフィックノベル『ウォッチメン』。その人気はいかばかりかと申せば、かつて「タイム」誌が"長編小説ベスト100"に、コミックスという形式でありながら唯一『ウォッチメン』を選出したというエピソードもあるほど。数々のクリエイターたちが映画化に着手しては断念、映像化は無理と言われ続けたカリスマ作品が、『300』のザック・スナイダーの手により待望の映画化を果たしました。まずは印象的な予告編をどうぞ。
「かつて世界を揺るがした事件の陰にウォッチメンという名のヒーローたちがいた─ あるものは戦い続け、あるものは姿を消した」
ナレーションが流れる中、映し出されたのは今までに起こった歴史的事件の数々。ケネディ暗殺事件、ベトナム戦争、ニクソン三度目の当選、キューバ危機、自警活動の禁止……。その直後に浮かび上がる『ウォッチメン』のタイトルロゴ。まるで映画本編を見ているようなドラマティックなイントロです。
場面は変わり、闇夜に佇むホテルのような一室から、何者かの手によって一人の男が窓ガラスの破片と共に空中へ投げ出されます。月明かりを背にスローモーションで落下してゆく様子は、この上なく美しくセンセーショナル。血が滴ったスマイルマークの缶バッチが後を追うように落ちていきます。
すべては一人の男の暗殺から始まった
「一人の男の暗殺」とは、察しの通り、先ほど落ちていった男です。
事件を追う顔のない謎の男
その男が落ちた場所で、スマイルマークを拾い上げるトレンチコートにフェドーラ帽、不思議なマスクがトレードマークの"ロールシャッハ"と呼ばれる男。彼がこの物語の発端であり、進行役ともいうべき重要人物。
次々と消されるヒーローたち 明らかになる ウォッチメンの真実
続いてウォッチメンと呼ばれていたと思われる人々がフレーム・イン。無数の墓が並ぶ墓地やアメリカ国旗の画像などが挿入され、歴史的事件にウォッチメンが絡んでいた? という疑惑を観客の鼻先にチラつかせます。ここでナレーション。
「なぜウォッチメンたちが狙われるのか? 誰が何を仕組んだのか?」
世界で何かが起きていて、それが巨大な陰謀によるものなんじゃないかということを示唆するシーンが交錯します。そして誰か判らぬ男性の一言。
「もはや最後の時は近い」
え?これって大統領が呟いた台詞なの!? 最後の時って? くぅーっ、気になります!! ここで少し前にも登場した、またもや0時を目指す時計のカットこの時計の長針が時を進めるのをきっかけに、BGMが加速していきます。
正義が世界を救うのか 滅ぼすのか
ウォッチメンたちが活躍(?)する姿が次々と映し出される中、なおも時計は針を進めます。そして地を飲み込むような巨大な爆発が……!?
「我らを救いたまえ」
という嘆きとも取れる呟きを余韻に、予告編は終了します。…っぷはー!! 思わず息を止めて観てしまいました。
この予告編は日本が独自に制作したもの。活躍する場面や能力、アクションシーンなどヒーローのヒーローらしい姿を前面に打ち出したアメリカ版の予告編に比べ、日本版はヒーローたちが次々と消されていくことに重点を置いたミステリー色の強いものとなっています。
この日本版予告編は日本のみならず海外でも大人気。you tubeにアップされるやアクセスが急増。「ミステリアスな世界観が良く出ている」「この予告を作った人はアメリカに来て劇場用予告をつくるべき!」といったレビューもあがっているのだとか。
本作を配給したパラマウントの担当者によると、「日本はアメリカと宣伝方針が違い、ヒーローキャラクターを出すより、ヒーローが死んでゆくミステリアスな面を出したかった」とのこと。予告編は普通、使用できる素材をフィルムメーカーからもらったり、本編から抜き出して使用したりしますが、本作はアメリカと公開時期が近いということもあり、予告編で使用できる映像があまり届いていなかったので、原作であるグラフィックノベルをスキャンしたものをあてこみ、ラフを作りあげていったそう。
「そしてそのラフを持ってマーケティングディレクターと予告編ディレクターがアメリカに渡り、現地のクリエイターが映像を組んで完成させました。原作のグラフィックノベルからラフを製作しているので、果たしてそのシーンが本当に本編で描かれているかどうかも判らない。なので、そのラフに近いシーンを選り抜いて編集していきました」。 日本での公開と製作国の公開日が近い場合には、こんな苦労もあるんですね。聞いてみて初めてわかる予告編の隠れたエピソード、実に興味深いです。
さあ、肝心の本編。ヒーローに葛藤は付き物ですが、その葛藤の殆どが「ヒーローとしての自分か、人間としての自分か」というもの。本作ではそんな個人的な葛藤のもっと先にある、道徳や哲学、歴史政治といった要素が、数人のヒーローたちを通して多角的に描かれています。監督を務めたのは『300(スリーハンドレッド)』で、斬新な映像を私たちに見せ付けたザック・スナイダー。今回も"革新的"という言葉が決して大袈裟じゃないほど、観る者の心を沸き立たせる映像でヒーローたちの暗黒史ともいうべきエピソードが織り成すドラマを鮮烈に描きます。
中でも個人的にも一番好きなキャラクターであり、ストーリー・テラー的な役割を果たす"ロールシャッハ"は必見! 性格検査の一つであるロールシャッハテストの模様のように左右対称に変化する不思議なマスクは、動画だからこそ実現した演出効果。「黒か白かしかない」という一見単純に見える彼の性格が内包する複雑さをも表現しているようです。マスクのため表情が判りにくい"ロールシャッハ"ではありますが、『リトル・チルドレン』でアカデミー助演男優賞にノミネートされたジャッキー・アール・ヘイリーが、そんなハンデをものともせず、声と身体を駆使し完璧に演じています。
そして最後の言葉、
知ってはならない 真実がある─
"知ってはならない真実"が一体何であるかは、映画を観終えた時に気づくはずです。正義の味方にとっての"正義"とは……。思わず「ううむ」と唸りました。ただのヒーローモノとはひと味もふた味も違う、スーパーヒーローと社会の関係を現実的に描いた『ウォッチメン』、みなさんも劇場でウォッチせよ!
かつらの予告編★ジャッジ
内容バレバレ度 | ☆☆☆ |
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本編との共鳴度 | ☆☆☆☆☆ |
ウムム斬新度 | ☆☆☆☆☆ |
STORY
ジョン・F・ケネディ暗殺事件、ベトナム戦争、キューバ危機……。かつて世界で起きた数々の事件の陰で、"監視者"たちがいた。彼らは"ウォッチメン"と呼ばれ、人々を見守り続けてきたはずだった―。そして今、かつてのヒーローたちが次々と姿を消され始めていた。
3月28日全国ロードショー ※本作品はR-15指定です
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春錵かつら(はるにえ・かつら)
映画予告編評論家 / ライター
CMのデータ会社にて年間15,000本を超える東京キー5局で放送される全てのCMの編集業務に3年ほど携わる傍ら、映画のTVCMについてのコラムを某有名メールマガジンにて連載。2004年よりフリーライターとして映画評論や取材記事を主とした様々なテーマを執筆しながらも大手コンピュータ会社の映画コンテンツのディレクターを務めたのち、ライター業に専念、現在に至る