「予防歯科の真髄は歯周病予防である」と語り、日本の現状の予防歯科に対し警鐘を鳴らしている、大岡歯科医院代表の大岡洋医師。
「歯科治療や予防歯科に関して、今この世の中で常識とされていることが本当の常識であるとは限らない」と話す大岡氏に、歯科にまつわる気になる疑問や質問を投げかけてみました。
Q.ブラッシングは1日何回すればいい?
A.ブラッシングは1日1回、夜寝る前に行うことが大事
大岡氏「私が推奨している『歯肉の境目をゆっくり揺らす』ブラッシングは、1日1回、夜寝る前に行うだけでも、虫歯と歯周病の予防効果を十分に発揮します。
朝や昼は歯磨き粉を使ってもいいですし、簡単にやってもいい。その代わり、最後の食事から寝るまでの間に1回、時間に余裕をもって、虫歯や歯周病ができやすい歯と歯の間、歯と歯肉の境界のくぼみにブラシをしっかり入れて、きちんとブラッシングすることが大切です。
虫歯も歯周病も、細菌が口の中の汚れをエサにして起こす病気です。今までの歯科の研究では、原因となる細菌を特定し、それを殺せば虫歯にも歯周病にもならないんじゃないか、ということがずっと考えられてきました。でも実際には無理なんです。唾液の抗菌作用が細菌の数をある程度抑制しているのですが、寝ている間は唾液の量が減ってしまうため、口の中に何億、何兆と存在する細菌をゼロにはできないのです」。
では市販の洗口液は? と思った方もいるかもしれません。洗口液には、よく見ると「殺菌」と書かれています。殺菌とは細菌をゼロにすることではなく「減らす」という意味で、ゼロにするなら「滅菌」なんだそう。もし滅菌できるのなら理論上は1回使えばいいわけですが、実際にはそうはいきません。つまり、洗口液の効果は限定的なのだと大岡氏は言います。
大岡氏「ではどうしたらいいか。細菌にエサをあげなければいい。エサをあげなければ悪さはしないのです。だから、細菌を殺すのではなく、細菌が増える前にエサをあげないで細菌とうまく共存すればいいのです。
また、ブラッシングは1日にブラシをする回数が多ければいいというわけではありません。ですから、朝・昼にブラシに時間をかけられなくても、夜寝る前に適切に行えばいいのです。私が推奨しているブラッシング法はどうしても長時間になってしまいますが、1日1回就寝前にしっかりと時間をかける事を推奨しています」。
Q.電動歯ブラシは虫歯や歯周病予防に有効?
A.手動で正しくブラッシングする方が効果的
大岡氏「電動歯ブラシは、ブラッシングが短時間で済むことが最大の売りであり、魅力でしょう。しかし、いくら柔らかく握っていても、機械自体が歯や歯肉に過剰な負荷をかけてしまうのです。
現在、各社が振動数の多さを競い合っている傾向にある電動歯ブラシですが、1分間に1~3万回前後の超高速微振動により3~5分間でブラッシングが終了するというのが一般的のようです。
そこで、実際の歯にかかる振動を換算すると、歯がすべてある状態の28本(親知らずを除く)で、毎分3万回の振動数で3分間の使用では、1秒間500回の振動で、歯1本あたりの通過時間が5~6秒程度という事になります。つまり、1回の電動歯ブラシの使用でそれぞれの歯に2,000回以上の過剰な振動をかけているという事です。
確かに、これで歯の表面の汚れは十分に落ちると思われます。しかし、モーターによる過剰なブラシ圧は歯や歯肉を傷つけることに。また、瞬間的な強い圧は、歯肉へのマッサージ効果も期待できません」。
電動歯ブラシは、手の筋肉が弱っているなど、手をうまく動かせない場合には効果的ですが、原則として手動歯ブラシによるブラッシングの方がブラシ圧を適度に調節でき、歯や歯肉を傷つけずに汚れを落とせるそうです。
Q.インプラントは万能?
A.天然の歯に勝るものはありません
「歯を失ってもインプラントがあるから大丈夫」「インプラントは人工物だから虫歯にならない。入れてしまえば手入れいらず」というのは大きな誤解。最先端治療と思われがちなインプラントにも問題があると大岡氏は言います。
大岡氏「天然歯は、骨との間に歯根膜というものがあり、それが、細菌が骨に感染するのを防いでいます。しかし、インプラントに歯根膜はなく、骨に直接くっついているため、手入れが十分でないと、細菌が繁殖して骨が感染するインプラント周囲炎が起こってしまいます。
天然歯よりも骨が細菌に感染しやすいインプラントこそ、厳密なブラッシングが必要なのです。これは、現在インプラントを口の中に多く保有している世代が介護を必要とすることになる近い将来、介護の現場で大きな問題になるのではないかと思います」。
ですから、インプラントを入れても、口の中の手入れが楽になるわけではありません。歯や歯肉の状態がよくないからといって、安易にインプラントにするのは危険です。普段の手入れが十分にできないのであれば、むしろ、入れ歯の方がその人の口の健康にとってよい場合もあるそうです。
大岡氏「インプラントにすると食事がおいしくなくなる可能性もあります。それは、歯根膜が歯ごたえや食感を触知しているからです。人工物であるインプラントには歯根膜がないため、天然の歯がもたらす食事のおいしさ(食感)を感じられないのです。
年を重ねて体の自由が利かなくなったとき、食べることは、1日における大きな楽しみになります。その楽しみを最後まで残せるかどうかは、日々の積み重ねにかかっているのです。
歯のメンテナンスには手間も時間もかかりますが、必ず、やればやっただけの結果がついてきます。歯を残せるチャンスがあるのにやらないのはもったいない。ぜひ、これを機会に口の中の健康に対する認識を深め、本質的な予防歯科に取り組んでほしいと思います」。
取材協力: 大岡洋(おおおか・ひろし)
大岡歯科医院代表
1997年、東京歯科大学卒業。2002年、ハーバード大学歯学部・公衆衛生学部大学院(予防歯科学専攻)修了。日本人歯科医師として初めて予防歯科で理学修士(Master of Science)を取得。帰国後、2003年に大岡歯科医院(東京都・目黒診療所)の3代目として代表に就任。同年より東京歯科大学非常勤講師(歯科補綴学)として後進の指導にも従事。国際歯科学士会(ICD)理事。著書『「歯みがき」するから歯は抜ける』(現代書林)。