「予防歯科の真髄は歯周病予防である」と語り、日本の現状の予防歯科に対し警鐘を鳴らしている、大岡歯科医院代表の大岡洋医師。歯という資産を守るためには、まずは今行っている自分流の歯磨きのイメージを崩すことが必要だと話します。
それはなぜか。ポイントはどこにあるのか。本来の予防歯科の姿や在り方についてうかがいました。
健康な歯は1本100万円の価値
大岡氏「歯にどれだけの資産価値があるか知っていますか? 実は、様々な調査で天然の歯には1本あたり100万円以上の価値があるといわれています。事実、失われた歯の機能を回復するために『天然歯の代用』として用いられるインプラント治療では、医院により価格に違いがあるものの、インプラント1本をアゴの骨に入れる手術とかぶせ物を入れるまでにおおよそ数十万円はかかるようです。
ですから、もし自分の健康な歯を戻せる事が実際に可能だとしたら、インプラントに勝る天然の歯ですから、たとえ1本100万円でも安いものといえるのかもしれません。正常に機能する永久歯は、親知らずを除くと通常28本ありますから、本来は、誰もが口の中に概算でも2,500万円以上の資産を持っていることになるのです」。
この貴重な資産を目減りさせないためには、何より日々のケア=「適切なブラッシング」が重要だと大岡氏は話します。またそれは体の健康のみならず、生涯にかかる歯の治療費にも大きく影響を及ぼすそうです。
大岡氏「当院の患者さんの例を挙げてみましょう。20年通院されている患者Aさんは、ブラッシング指導前は1年あたりの平均治療歯数が9.5本(延べ本数)ありましたが、適切なブラッシング方法を習慣付けることで、治療した歯の本数を1.4本にまで激減させることができました。Aさんのもともとの保有歯数は32本。20年間に失った歯の数は1本でした。
一方で、約32年通院されている患者Bさんは、来院のたびに歯のクリーニングはしたものの、ブラッシング指導を受けることは希望されませんでした。Bさんの1年あたりの平均治療歯数は9.1本。元々の保有歯数28本中、32年間で26本の歯を失ってしまいました」。
通院期間の長さは異なるものの、ほとんどの歯を失ったBさんは2,000万円以上の資産、いうなれば大切な"歯"産を失ったといえるかもしれません。生まれ持つ資産を失い、さらに治療を度々受けていれば、時間も費用もかかるわけですから、生涯で大変な損失をかぶっているわけです。
2人の大きな違いは、毎日の適切なブラッシング習慣。それは、忙しい日常の中では手間かもしれませんが、その有無が、長い年月の間にこれだけの差を生み出してしまったのです。誰もが持っている歯という資産も、それを一生涯守るためには、いかに日々のケアが大事かということが実感できるのではないでしょうか。
虫歯と歯周病は発生する場所が決まっている
歯周病は、明らかな症状が出ないまま20年30年かけて進行するため、気づいたときにはもう末期。結果、歯を失うことにつながってしまいます。日本人は、そんな歯周病に対する予防意識が低いと大岡氏は話します。
大岡氏「日本人は、これまでの学校での歯科教育や健康保険制度など様々な影響を受ける中で、『予防歯科=虫歯予防』、『虫歯がない=健康』という虫歯中心の認識になっている傾向があります。
虫歯になりやすい場所は、一般的に歯と歯の接点。歯周病は、歯周ポケットと呼ばれる歯と歯肉の境界線から発生します。虫歯も歯周病もシンプルな病気です。そこに汚れがあるからおこるのです。なりやすい場所を提供しているのは患者さん自身なのです。
しかし歯ブラシは、誰もが物心がついたときからやってきています。『成人の8割が歯周病にかかっている』といわれても、自覚症状がないために『自分は大丈夫』と危機感を抱くこともなく『自分は残りの2割である』という根拠のない絶対的な自信が壊せないのです。
でも現実には、歯を失う人の中で、歯周病が原因の人が最も多い。最近では、30代で重度の歯周病を発症させる人が少なくありません。虫歯がないからといって過度な自信を持つのは禁物です」。
歯磨きという言葉は不適切
今こそ日本人に、本来の予防歯科というものを認識してもらいたいと話す大岡氏。しかし、「歯磨き」という言葉が、それを阻んでいるといいます。
大岡氏「"歯磨き"というと、歯の表面を磨く、いわゆる白い部分を磨くというイメージになりがちですが、ブラシを入れるべきところは、歯と歯の間や歯と歯肉の境界線。何ミリかの違いですが、その差が歯周病の対策にはすごく大きい。そこにしっかりとブラシを入れて汚れを取り、きれいに保てば、虫歯の予防にも歯周病の予防にもなるのです。言葉にすると当たり前のようですが、現実には多くの人ができていません。
予防歯科というものに対し、そうした本来の認識を持つためには、まずは自分流の歯磨きのイメージを崩すことが必要です。そのために私は、"歯磨き"とは言わず、あえて"ブラッシング"という言葉を使っています。この違いを多くの人に理解してもらいたいのです。原因と結果に強い相関関係がある虫歯や歯周病は、他の病気と比べたら予防しやすい病気。やったらやっただけ効果が出るのですから、やらないのはもったいない」。
予防歯科に対する認識を改め「適切なブラッシング」を毎日の生活に取り入れるか否かはあなた次第。それがひいては、歯という資産の行方を大きく左右することになるのです。
取材協力: 大岡洋(おおおか・ひろし)
大岡歯科医院代表
1997年、東京歯科大学卒業。2002年、ハーバード大学歯学部・公衆衛生学部大学院(予防歯科学専攻)修了。日本人歯科医師として初めて予防歯科で理学修士(Master of Science)を取得。帰国後、2003年に大岡歯科医院(東京都・目黒診療所)の3代目として代表に就任。同年より東京歯科大学非常勤講師(歯科補綴学)として後進の指導にも従事。国際歯科学士会(ICD)理事。著書『「歯みがき」するから歯は抜ける』(現代書林)。