この連載では、2020年の東京、これからの都市と生活についての記事を「PLANETSチャンネル」から抜粋してご紹介しています。"東京2020"がテーマの文化批評誌『PLANETS vol.9』(編集長: 宇野常寛)は今秋発売予定。

2020年の東京は、「経済大国だったかつての日本」を求めてやってくる観光客たちにどんなイメージを提供できるのか? 大量の観光客への対応策を香港の社会学者/チョー・イクマン氏に聞いたインタビューの後編です。【聞き手・構成: 中野慧】

チョー・イクマン 1977年香港生まれ。香港中文大学社会学研究科卒、博士(社会学)。同大学社会学科講師。「日本・社会・想像」「日本社会とアニメ・漫画」などを担当。専門は歴史社会学と文化社会学。鉄道史・鉄道オタクを研究し、最近は日本サブカル産業と流通、二次創作と著作権問題を研究。香港最初の日本サブカル同人評論誌『Platform』の編集長を務める。

アグネス・チャン、高倉健、木村拓哉――過去の日本文化の想像力とどう向き合うか

ーー『PLANETS vol.9』ではオリンピックの裏で文化祭のようなことをやろうという計画を立てているんですけれども、張さんから見て、そのポテンシャルはどう映っていますか。

 要するに過去の想像力の引力とどう向き合うかが課題ですよね。自分たちから新しいイメージを提供しなきゃいけないけれど、それと同時に、古い想像力に囚われた観光客たちにどうやってアピールするかという問題ですね。たとえば東アジアあるいは東南アジアの人々は工業化時代のメンタリティがまだまだ強いので、彼らが求めるのは、高度成長期の64年の東京オリンピックの日本像であり、象徴的にいえば70-80年代に日本の芸能界で活躍したアグネス・チャンの夢ですね。想定される最悪のケースは、そういった東アジアの人たちのイメージに合わせて、開会式にアグネス・チャンを始めとした80年代の歌手や、そして木村拓哉、さらには高倉健が出てくるというシナリオですね。

――そこで高倉健、木村拓哉なんですか?

 そう、高倉健は、70年代の改革開放政策の際、最初に一般市民に開放された映画の俳優さんですね。つまり中国人にとって最初に開放された日本の文化想像力は高倉健なんです。木村拓哉は90年代ドラマのスターとして、香港人と台湾人にはまだまだ人気があります。そういう古い想像力で止まっている彼らを、どうやって新しい想像力のほうに引っ張っていくか。サブカルチャーは日本の新しい想像力の代表ですからね。そして、そのためにはやっぱり初音ミクしかないはずですね。

――そうなんですね……。では、初音ミクのような新しい想像力を海外にアピールするために必要になるのは、どんなことなんでしょうか。

 古い日本のポップカルチャーを新しいかたちで表現したらどうでしょうか。初音ミクとアグネス・チャンが一緒に合唱したらどうですか、という。15年前まで紅白歌合戦は香港でも必ず中継しましたが、今は放送しても、日本の代表的な曲といえるものがないからあまり香港の人も盛り上がることができないわけです。

たとえば今ではアメリカやフランスなど欧米圏の人も日本のサブカルチャーに関心が高いですが、その感覚は東アジアの人たちからするとちょっと遅れている感じを受ける場合があります。東アジアの韓国・台湾・シンガポールのような国の人たちは、80-90年代を通して日本のポップカルチャーを共有してきたから、今のオタクカルチャーにも馴染みがいいわけです。

やっぱりある程度コンテクストを共有していないと、新しい想像力にはなじみにくい。ならば、古い想像力を活用するということが考えられないといけないわけですね。

――なるほど。ちなみに蛇足なのですが、日本のポップカルチャーのなかでは今アイドルがすごく勢いがあります。アイドルがこの「文化祭計画」に出てくるときに、海外の人たちにアピールする可能性はどれぐらいあるんでしょうか?

 台湾や香港の日本文化受容って、木村拓哉に代表されるようなドラマ文化やJ-POPとか、日本文化が一番元気だった90年代のポップカルチャーのイメージが強いので、AKBはあんまりわからないんですよね。

もちろん香港人にもAKBのファンはけっこういますが、一般の人にはイメージが湧かないですね。それはいい意味でも悪い意味でもなくて、客観的にゼロ年代の日本のポップカルチャーは「サブカルチャー化」して、島宇宙的なものになっている。私がなぜさっき高倉健の名前を出したかというと、中国人にとって日本文化ってまだ高倉健だからです。そして香港人・台湾人にとっては木村拓哉です。例外的に、ガンダムは共有できる話題なんですけどね。

だから外国人に日本のカルチャーをアピールするには、過去の30年で育ってきた日本のポップカルチャー、サブカルチャーをフル活用しないといけないですね。具体的にはジブリ、ガンダム、アニメ、ドラマ、J-POPです。AKBは秋葉原を出発点として、ファンコミュニティから育ってきた文化なので、日本以外の東アジアでポップカルチャーになっていくかどうかは――もちろん宇野さんの言うように「システムごと輸出する」ということも含めて――これからでしょうね。

開会式にしても、高倉健やアグネス・チャン、木村拓哉から、ピカチュウやセーラームーンといった過去の遺産を賢く利用して、ミクのような新しい想像力とどう接続していけるかが課題になっていくのではないかな、と思います。(了)